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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
29/42

譚28 ルルカ


 ● 譚28 ルルカ




 ◆◆◆




 ルルカティア=シェルノ=フォン=セルムス

 これが私の本当の名前だ。

 でも、この名前は、今では名乗る事を許されない名前となった。


 何故ならば、二年前の秋の日に、父様が国家反逆罪の罪を着せられて、処刑されてしまったからだ。


 それまでの父様は、私が「お帰り」と出迎えると、決まって大きな手で私を抱え上げ、笑ってくれる優しい父様だった。だから私も父様に「お帰り」と言うのが大好きだった。

 どうして「お帰り」かと言うと「行ってらっしゃい」だと父様はお仕事に行ってしまうからだ。


 けれど、いつの頃からか「お帰り」と言っても父様は抱き上げてくれなくなった。代わりに頭を数回撫でたあと、寂しい笑顔を見せるだけになってしまった。

 母様が「父様はお仕事で疲れてるから無理を言ってはいけません」と窘めるので我慢していたのだけれど、いつまでたっても父様が抱き上げてくれる事は無かった。


 そして、とうとう父様が帰って来なかったその日の夜、私と生まれて間もない弟は、母様と数名の従者に引き連れられ、屋敷を後にしたのだった。


 お気に入りのドレスも、仲良しだったクマの人形も、全てを残して馬車に乗った。

 これがどんな意味なのか、まだ八歳の私には良く分からない内容だった。


 双子月が照らす山道を、馬車に揺られて数時間、眠りの中に居た私は、母様達に体を揺らされ目を覚ました。

 追跡者がやって来たと爺やは言った。

 私は若い騎士の馬に乗せ換えられると、母様達とは別れて目的地へと向かう事になった。


 母様達との別れ際、爺やが、私か弟の、どちらかが生き残ればまだ望みはあります。と言ったその言葉で、ようやく事の重大さを知ったのだった。


 そのすぐ後、襲撃が始まった。


 私と弟が二手に分かれたので、追跡者たちも二手に分かれて追いかけて来た。矢と魔導具の魔法が飛び交う中、若い騎士は応戦しつつ馬を操って奮闘した。

 年齢からしても、彼が手練れだとは到底思えなかったが、それでも彼は良く身を挺して戦ってくれた。私が傷一つ追う事無く窮地を脱したのは、彼の功績の賜物であっただろう。単に運が良かっただけとは言い難いくらい、彼は良く私を守り抜いてくれたのだった。



 何とか敵を全て倒し切った彼だったが、襲撃された時の怪我が致命傷となり力尽きる。

 馬は既に潰れ、治癒の魔導具はとっくに底をついていた。

 大樹の陰に横たわりながら彼は言った。

 ここから三十キロ先にあるブラーネスと言う町の孤児院を訪ねろと。

 そこでミネルバと言う名の修道女を頼り、母様達を待てと。

 母様達とはそこで落ち合う手はずになっている。まだ望みはある。何としても生き延びて欲しいと。

 彼はそこまで言うと息を引き取ったのだった。


 八歳の女の子に、かなり重い枷を残してくれたと私は嘆いたが、それでも彼が繋いでくれたこの命を、無駄にしてはならない事だけは分かっていた。


 私はそばに咲いていた黄色い花を束にして彼に添えると、その場を後にした。

 彼の名前くらい聞いて置けば良かったと後悔し、街を目指した。



 結局、母様達とはいくら待っても会えなかった。




 ◆◆◆




 懐かしい夢を見ていた。全てを失ったあの夜の夢。それでも悪夢にはならずに済んだのは、あの若い騎士のお陰だったのだと思えた。


 目を覚まして辺りを見ると、知らない場所だった。

 パチパチと薪が燃える音が聞こえ、部屋の真ん中にある石炉に火が入っているのだと知った。

 身体を起こそうとすると痛みが走り、その為に呻きが漏れる。

 すると、すぐ傍から「気が付いたかい?」と声がした。


 師匠の声。


 怒られる。と瞬時に思った。

 私は小さく「はい」と答えると、痛む身体を強張らせた。

 師匠の顔を見るのが怖くて背中を向けていると、師匠は何か言いたげな言葉を押し殺し、ため息をついた後、


 「――とりあえず、先に怪我を治そうか」


 と、言った。

 その言葉に罪悪感が溢れ出て来る。


 復讐の為に師匠を騙して魔法を教わった事。

 師匠に黙って『時忘れ』を倒しに行った事。

 それなのに、押しつぶされた私を見つけ助け出してくれた事。

 公女の命を狙って襲撃した事。

 襲撃の返り討ちに会い、墜ちる私を受け止めてくれた事。

 そんな事が頭の中でぐるぐると回っていた。


 「怒らないんですか?」


 罪悪感に耐え切れず、声に出していた。


 「また師匠に嘘を吐きました。なのに怒らないんですか?」


 すると師匠はしばらく黙り込んだ後、


 「ルルカは凄いね」


 思っていたのと違う言葉を言った。

 続けて、


 「僕がルルカと同じ歳くらいの頃は、もっと遊んでばかりだったよ。だからルルカがどんな大変な思いを抱えていたか気付いてあげられなかった。ごめんよ。本当に僕は駄目な師匠だね」


 そんな事はない。黙っていた私が悪いのだ。キチンと身分を明かし、復讐の為に魔法を使うと言っていれば、きっと師匠は魔法を教えなかったはずだ。ならば師匠は巻き込まれずに済んだ。


 そう思って声に出そうとすると、師匠は私の頭を優しく撫でてくれた。


 頭の天辺から師匠の手のぬくもりが伝わって来る。

 とたん両方の瞳から涙が溢れ出て来た。


 師匠は私の頭を撫でながら続けた。


 「ルルカの怪我が治ったら、きちんと話をしようよ。僕もルルカに話していない事がいっぱい有るから、ちゃんと話すようにするよ。そしてお互いきちんと話せたら、今後の事を考えよう。だから、とりあえず、今はその怪我を治そうよ」


 涙が止まらなくなっていた。罪悪感で胸がいっぱいになっていた。

 私は師匠の撫でてくれていた手を引き寄せると、ギュッと握って顔をうずめた。


 「お、おい、ルルカ」


 慌てた師匠が手を引き抜こうとしたけれど、私は嫌々と首を振り、手を離さなかった。

 我慢していた泣き声が漏れ始めると、師匠は観念してその手を私に委ねてくれた。

 私は師匠の手を握りながら心の中で何度も『ごめんなさい』『ごめんなさい』と繰り返し謝っていた。



 そのまま泣きつかれて眠ってしまったのか、気が付くと、師匠は隣で寝息を立てていた。私はずっと師匠の手を離さなかったようで。師匠の手には涙の跡が付いたままだった。


 ようやく私はその手を放すと、今度は師匠の寝顔を覗き見ながら、その懐に潜り込み、身を寄せて目を瞑った。

 何だか父様に抱き上げられたあの時のような感じがして。私は不謹慎にも幸福感を覚えたのだった。











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