譚27 使者
● 譚27 使者
ハビリア聖教国からの使者が訪れたのは、戴冠式まで後二日と迫った昼過ぎの事だった。
この忙しい最中、事前の申し合わせもなく謁見を求めるとは、失礼千万と、追い返したい シャルミエール=ノエル=フォン=セルムス ではあったが、ハビリアがセルムス建国以前からの、いわゆる歴史ある大国である事と、現在もラスタニアとの小競り合いを続ける我が国の事情を鑑みて、わざわざ敵を増やす訳にも行くまいと、使者を待たせる事を条件に謁見を許可したのであった。
二時間ほど待たせた後、謁見室に入ると、白い衣に身を包んだ女がそこに立って居た。肩までの髪に大きな眼鏡を掛け、背丈ほどの錫杖を持つ若い女。彼女の身分を表すハビリアの衣は司教のものではなく近衛のものであった。
普通なら、片膝をついて君主たる者の入室を待つのが礼儀だが、こやつらは、自らの神に祈る時以外は決して膝を折らないのだ。
神以外であるならば、他国の王ならずとも、自国の枢機卿に対しても絶対に膝を折る事はない。
こやつらにとって肩書などは役割を示すためのものでしかなく、単なる敬称でしかない。
なんて狂信的な宗教国家だ。
古き慣習と知ってはいたが、実際目の当たりにすると腹立たしい事この上ない。他国の君主をバカにしてるのかと疑いたくもなる。が、今更そんな事を口にしては、歴史を知らぬと我が国の品位を問われる事になり、新たな外交摩擦を生む結果にも成り得ると、シャルミエールは我慢するのであった。
しかし、それ以上に腹立たしい事がこの時、起こる。自身の傍に仕える守護者たる タカ が、使者の姿を見るや狼狽し、声を上げたのだ。
「&##&%$*+&%$!!」
未だ意味を捉えられないタカの言語。しかし、ハビリアの使者は片手を前に挙げ、タカを窘めると、
「&%$タカ*+&%$&##」
と、同じ言語を用いて会話を成立させたのだった。
とたん大人しく従うタカ。
何故、その言葉を知っている!? 何故タカがそなたの姿に狼狽する!?
さすがのシャルミエールも驚きを隠せず声を上げた。
「そなた、タカの言葉が分かるのか!?」
あまりの驚きぶりに周囲の者達までがざわつき始める。
すると使者の女は、
「はい。存じております。陛下――いえ、まだ公女殿下でございましたね」
敬称を間違うなど使者としてはあってはならぬ事であり、難癖付けて手討ちにしてもおかしくない事実であった。が、今のシャルミエールにはその事以上の衝撃に気を取られていた為に、意に介する余裕がなかった。
だから思わずこう言った。
「呼び名など、どちらでも構わぬ。それよりその言葉は何処の国の物だ!」
良い訳がない。国家を預かる者が敬称を気にせぬ事など、かような狂信的国家ならまだしも、専制君主制国家ではあるまじき発言だ。
しかし、今まで、知りえる糸口さえ無かったその言語。
恩人たる男が使う未知の言語。
シャルミエールは、その正体を早く知りたいと寛容に言葉を重ねたのだった。
女は言う。
「ニホン語と申します。残念ながら、この世の言葉ではございせん」
「この世の言葉ではない? ならば神の言葉とでも申すのか?」
「いえ、そのような事は……強いてあげるなら、古き世の言葉、と申しておきましょうか、いずれにせよ今は使われる事のない言葉です」
女はそこまで告げると、ついと口を閉じた。
苛立ちを隠せずシャルミエールは言葉を続ける。
「ならばそなたは何故、その言葉を知っておるのだ!」
その問い掛けに、女は乗って来なかった。代わりに、
「申し訳ございませんが公女殿下。此度、私が参った旨は、かような事を伝えに参った訳ではございません。お望みとありましたら後日、改めてお時間を戴きとうございます」
正論を吐かれてしまい、それ以上追及するのは難しかった。
シャルミエールは苦虫を噛み潰すほどの思いだったが、表情には出さず「分かった」と口にすると、
「では、改めて聞こう。そなたは何用で参ったのだ」
姿勢を正した女が告げる。
「我名はシノ。二日後に行われる御国の戴冠式にて襲撃がございます旨をお伝えに上がりました」
その言葉に周囲の者がまたざわめき立つ。
シャルミエールは眉根を寄せると、
「襲撃だと?」
女は表情を変えずに答える。
「はい。正確には戴冠式後の宣誓の場にて、襲撃者が現れます」
あまりにも具体的な内容を女は言った。シャルミエールは訝しく思いながらも、
「ふむ、ならばそなたは、その旨を知らせに参ったと?」
問いかけると女は首を横に振り、
「いいえ、それだけではございません。私の参った目的はその後の事に関係がございます」
「その後?」
「はい。その襲撃者をお見逃し戴きたくお願いに上がりました」
許容できぬ事を女は言った。君主の命を狙った痴れ者など、国家が総力を挙げて処理する内容であり、見逃すなど以ての外だ。下手をすれば他国に侮られても仕方のない要因となってしまう。
その旨を踏まえ、シャルミエールは会話を続ける。
「何故、襲撃者を見逃さねばならぬ。国家元首の命を狙うなど、国の威信をかけてでも捕らえ処罰せねばならん事件だぞ」
国家の品格をも疑われる内容にシャルミエールは不服の声を上げると、女は口端を上げてこう言った。
「今は全てを申し上げる訳には参りません。が、一つだけ、巨悪を倒すのに必要な事。と申し上げておきます。もし、お聞き入れ戴けるのであれば、ハビリアより聖水糸職人の派遣と、私個人からは、殿下がタカとお呼びになる従者の素性。及びニホン語についてお教えすると言う事でいかがでしょう?」
その条件にシャルミエールは驚いた。もちろん周りの者もどよめき立つ。
ハビリアの聖水糸とは、門外不出とまで言われたハビリアの超高技術のひとつである。
織り上げればドラゴンの火炎をも防ぐと言われた『水冷の羽衣』を作るための素材。その根幹たる技術をセルムスに教授すると言ってきたのだ。
断る選択肢は既にない。ハビリアは、それだけの情報を提供してでも、その巨悪とやらを倒したがっているのだと知った。
だとすると、その巨悪とやらは相当にヤバいモノと言う事になるのだが……。
シャルミエールは少し思考を巡らせると、しばらくしてから口を開いた。
「巨悪もそうだが全てとやらはいつになれば話せる?」
すると女は即座に答えた。
「襲撃後の成り行き次第でございます」
なるほど。と、シャルミエールは納得した。
ハビリアはその巨悪とやらを倒すのに、今回の襲撃を囮に使うのだ。襲撃者の後を追跡するかして、巨悪とやらの尻尾を掴む気でいるのだ。
襲撃自体は取るに足らぬものと女は付け加えた。
ならば素直に協力してやっても良いのだが、いかんせんこの女の態度が気に入らない。
まるで他人を弄ぶかのようなこの余裕の表情――。
シャルミエールはもう一度思考を巡らせると、恋敵が意地悪を思い付いたのかのように目を細めて言った。
「そなたの素性も教えるのなら、その条件を呑んでもかまわぬぞ」
すると女も微笑みながら目を細め、
「あら、淑女の秘密を暴くなど、殿下はそのような無粋をお望みなのですか?」
失礼極まりない言葉だが、わざとやっているのは分かっている。ここに来てまだこの女はこちらの器量を試そうとしているのだ。いや、それとも単に意地悪なだけか……。
どちらにせよ、ここで声を荒げてしまっては、完全にこちらの負けになる。シャルミエールはそこまで読み解くと不遜な笑みを漏らしながら言葉を返した。
「そなたの素性を暴いたところで、私の価値が下がる訳では無いのでな、良ければ一晩掛けて話して貰っても一向にかまわんぞ」
すると女は観念したように肩を竦め、
「承知いたしました。では、その条件でよろしくお願いいたします」
と、言葉を折ったのだった。
少しは気が晴れたと思うシャルミエールだった。
その二日後。戴冠式が恙無く終了し、ファンファーレと共に、防壁の上に用意された舞台へとシャルミエールが足を運ぶと、民衆の歓声に便乗して襲撃者が現れた。
知らされていただけに、慌てる事もなく対応したのだが、その襲撃者の姿が見知った姿であった事にシャルミエールは驚いた。
「父様の仇だ! 思い知れっ!!!!」
空中に浮かんだ襲撃者が口にする。
あの姿は確か、叔父であった エドワルド=ルミネス=フォン=セルムス の第一息女 ルルカティア=シェルノ=フォン=セルムス。
幾度か城の宴で会った事があった。
タカの剣戟が甲高い音を上げ、風の刃を受け止める。
霧散した風の刃に焦ったのか、ルルカティアはその場でまた、二本の風の刃を形成して再びこちらに投げつけて来た。
だが、先程の威力より練成が弱すぎたのか、今度はタカの剣戟で簡単に跳ね返ってしまう。
跳ね返りをまともに受けて墜落するルルカティア。
見逃せと言われていたのに倒してしまったかと、シャルミエールがその状況を見守っていると、ルルカティアに仲間がいたのか、警備兵の恰好をした男が飛び出して来て、墜ちるその身を受け止めた。
近衛隊長に目配せをし、警備兵達に待機を命じさせると、融通の利かない魔導人形が、ルルカティア達を襲い始める。
その時、ルルカティアを受け止めた男に異変が起こった。
左の掌から順に赤く発光していくその姿。
魔導人形の固い外殻をいとも簡単に破壊するその姿。
古き文献の中に記された『赤の死神』の姿に酷似していた。
まさか、本当に『赤の死神』なのか?
今までに幾度か『赤』の出現報告はされていたが、いずれも誤報であると確認されていた。
防壁広場の民衆が混乱を起こし逃げ惑う。外門へ続く道は混雑を起こし、悲鳴と鳴き声の他に罵声と怒号も飛び交った。警備兵達も怖気づき、じりじりと包囲の輪を広げている始末。
その後、全ての魔導人形を破壊した『赤の死神』は水流の魔法に自ら飛び込んで逃走していった。果たして本物か偽物、どちらだったのかと思いながらシャルミエールはまた思考を巡らせる。
ルルカティアの事もそうだが『赤』の出現の事を、あの使者の女が知っていたのだとしたら――。
素性を吐かせるだけでは足りなかったかと、思い馳せるシャルミエールだった。
『赤』の姿は既に空の彼方に消え去っていた。
その一方。シャルミエールの気付かぬところでは、このような会話を交わす人物がいた。
「セルムスの式典にて『赤』と思しき存在を確認いたしました」
その声の主は女だった。黒い軍帽を目深に被っているため表情は見えないが、形どる軍服の形容は明らかに女のそれだった。
混沌と化した君主城の天辺で、身を隠す様に見張る女の手には、小さな水晶玉が握られており、どうやらそれに向かって言葉を発しているようだった。
水晶玉から返事の声が聞こえてくる。
「君はどう思うね?」
男の声。それも歳を重ねた年季の入った声だった。
女はその声を聞くとこう答えた。
「今回は左半分のみでした――本物と断定するには、まだ、難しいように思えますが……」
すると、水晶玉からはこのような声が返ってくる。
「ふむ、ならば『黒』の使用を許可しますので、折を見てぶつけてください」
続けて、
「ただし『白』も動いているようですので、十分に注意してください」
その声を聞いた後、女は、「了解致しました」と、残し、その場から立ち去るのだった。
2021.3.27
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