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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚26 左と右の少年

 ● 譚26 左と右の少年



 「父様の仇だ! 思い知れっ!!!!」


 ルルカが形成した最大級の風の刃は、まっすぐ公女様に向かって放たれた。

 『時忘れ』を倒した時よりも数段威力の増した風の刃。

 修練を重ね、鋭く形成されたルルカの刃は、武闘家の闘気と同等なほど精錬されているように感じられた。


 しかし、その刃は、公女様との間に割って入った一人の剣士によって打ち消されてしまう。

 素早い剣戟によって相殺された風の刃は『キィーン』という甲高い音を残して消滅した。まるで何事も無かったかのように。


 身体強化のお陰でゾーンに入っていた僕でさえ、まともに見えないくらいの素早い剣戟。


 その光景を見たルルカは、一度大きく目を見開いた後、歯ぎしりをすると、今度は左右の手に一つずつ風の刃を作り出した。

 そしてそれを左、右、の順番で時間差を付け公女様に向け放つ。再びまっすぐ飛んでいく風の刃。


 完全な奇襲だった一撃目が防がれたのに、態勢の整わない二撃目三撃目が当たるはずもない。


 またしても剣士の剣戟によって阻まれたその刃は、今度は跳ね返されると言う現実と共にルルカの元へと戻された。


 宙に浮いていたルルカは、避ける事も出来ず自らの刃をまともに喰らう。

 小さな体から血飛沫が上がり、墜落する。


 この世界で空中戦が発展しなかった理由がここにある。お分かりのように、空中では咄嗟の方向転換が出来ないのだ。

 一定方向のみで突貫するなら有効だが、浮遊魔法で身体を浮かせ風の魔法の力に乗って移動している以上、別の風の魔法を演唱してそれに乗り移らないと進行方向を変えられない。若しくは、壁などを蹴って別の力を加えないと方向を変えられないのだ。

 仮に、預言者めいて相手の動きを察知できたのだとしても、そこから呪文を演唱していたのでは間に合わない。魔導具を代わりに使ったにしても、どれほどの数を必要とするか分かったものではない。

 今回のルルカのように何もない所に浮かんでしまっては、的にしてくれと言ってるようなものだった。

 もし航空機が発展していれば違う戦法も生まれたのかも知れないが、魔法の力で飛ぶ事の出来たこちらの世界では、残念ながら航空機は発展しなかった。


 魔導人形と一般兵の間にルルカは墜落していく。

 思わず飛び出していた僕は、地面に衝突する寸前でルルカの身体を受け止めた。

 身体強化のままで強引に一般兵の壁を突破した為、既に幾人かの負傷者が出ているみたいだ。

 周りからすれば、僕も襲撃犯と同じに映っているだろう。

 やっちまった。

 でも放って置く訳には行かなかった。

 どんな理由が有ろうとも、ルルカは僕の弟子なのだ。



 目の前に魔導人形達、

 背後に一般兵達、

 壁の上には近衛兵団、

 しかもその中に飛び切り強い奴がいる。

 やばい、どうやって逃げよう。もう話し合いでは済まないだろうし。


 自業自得とはいえ、ルルカの小さな体からはどんどんと血が溢れていた。失血の為か既に気を失っているようだった。早く回復魔法を掛けたいところだが、そんな事をさせてくれる時間は与えてくれそうもない。

 ならばどうする?

 合成魔法で空に逃げるには時間が掛かりすぎる。かといって身体強化にかまけて大立ち回りをするなど以ての外。これだけの人数を相手に無事でいられる訳がない。

 なら一発どでかい攻撃魔法でも使うか? いや、そんな事をしてはダメだ、レジスタンスの家屋を吹き飛ばしたあのレベルの魔法だと、周囲を巻き込んでしまって、どれだけの被害が出るか分かったもんじゃない。

 くそっどうすりゃいい?


 その時、またあの耳鳴りが始まった。あの時と同じ声が頭に響いた。


 『変われ』


 その声に僕は抗う。


 「ダメだ」


 あの時はヒメ先輩を襲った敵だったから、声のするまま人を殺した。

 ヒメ先輩の手足を惨たらしく切り落としていたから、お互い様だと殺しまくった。

 でも今回はそうじゃない。今は平和な戴冠式典だ。一般人もいるこんな中で暴れる訳には行かないのだ。


 『もう一人の僕』と意識の奪い合いをするそんな中、ついに魔導人形達が動き出す。


 主導権を握らせまいと『もう一人の僕』に抵抗していた僕だったが、襲い掛かって来た魔導人形に気を取られたその一瞬に、主導権を持って行かれてしまう。


とたん全身の血が逆流していき、心臓の鼓動が怒りの感情を噴き上げていく。

『殺せ』と何度も頭の中に響き渡った。


 左の掌から順番に、赤い光が身体を侵食していく。手首から肘、上腕から肩へと瞬く間に侵食していく赤の光。

 何とか意識を踏み留め、正気を引き寄せたその時には、既に僕の身体の左半分が赤い光に覆われていた。

 襲って来た魔導人形は『左の僕』がまた半分にしていた。



 「『赤』だ! 『赤の死神』だ!!!!」



 あの時と同じように、叫び出す人の声が聞こえる。

 それを皮切りに、人々は混乱に陥る。防壁前の広場から悲鳴と怒号が充満していく。阿鼻叫喚とはまさにこの事。あちこちから泣き声と罵声も飛び交った。


 僕は、右手にルルカを抱えたまま『左の僕』へと訴える。

 止めろ、戦うな、意識を返せ。


 しかし『左の僕』はそれを拒絶する。

 ダメだ、戦う、オレにヤらせろ。

 

 『赤』となった『左の僕』は、次々と魔導人形を半分にしていった。


 一般兵達は、逃げ出したいのを我慢しているのか、遠巻きではあるが人垣を作り、槍を構え続けていた。

 『左の僕』と魔導人形が戦う中、巻き込まれないようにと、じりじりと距離を空けて囲み続ける。


 『左の僕』は、襲い来る魔導人形を次々に半分にしていった。

 我ながらと言って良いか分からないが、左側だけで戦ってるとは思えないほどの動きだった。勢いあまって飛んでくる残骸を一般兵は嫌うが如くまた距離を空け構える。


 その時、僕はある事に気付いた。

 『左の僕』が魔導人形を倒していく中で、取り巻く環境に変化が訪れていた事を。


 現況を認識する。

 散らばる魔導人形の残骸

 遠巻きに取り囲む一般兵

 公女を守り動かない近衛兵


 今、僕を中心に半径五十メートル内に邪魔をするものが全て居なくなっていた。

 今、この瞬間、魔導人形を倒し切ったことで『左の僕』が僅かに気を緩ませる。

 僕はこの隙を突いて正気を『左の僕』から引きはがすと、急いで呪文の演唱を始めたのだった。


 「我、水の神に願う、大いなる力にうねりをのせ、天空を駆け巡らんことを」

   ――ドルア・メルケルタス・ラグーン――


 あの時と同じように僕の左手から水流が溢れ出す。

 高速でぐるぐる回りながら天高く昇る水流。

 巨大な竜巻のように昇っていく水流は、防壁前の広場に一本の巨大な水柱を作りあげた。丁度一般兵の人垣を掠めるくらいの大きさに留まってくれた。


 その水流の中に、僕はルルカを抱えたまま飛び込んだ。

 巨大な渦の中に飛び込んだ僕達は、その勢いに任せてぐるぐる回された後、天高く投げ出された。

 ここまで来ると諦めたのか『左の僕』が引っ込んでいく。


 すかさず、合成魔法を唱える僕。


 眼下には、ミニチュアのようになった君主城が見える。

 僕を追って来る者の姿は無かった。

 僕はルルカに回復魔法を掛けると、そのまま空を飛びながら国境を越えた。

 


 もうブラーネスには戻れない。


 次は何処へ行けば良いのだろうか――




 





 


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