譚25 式典と少年
● 譚25 式典と少年
『時忘れ』事件の全てがひと段落付いた頃、僕は改めてルルカを叱りつけた。
勝手に依頼を申請した事。駆けつけなければ命が危なかったこと。周りにたくさん迷惑をかけた事。心配させた事。それらを全てまとめて説教していると、ルルカは瞳一杯に涙を貯め、
「ごめんなさい。もう二度としませんから」
と、口にした後、泣きじゃくったのだった。
泣いてる女の子ほど、強い生物はこの世に居ない。
それと、説教をしたのが斡旋所内だったのが間違いの元だった。
完全に僕は周囲の大人達から悪役扱いをされ、ここぞとばかりにブーイングを浴びせまくられたのだった。
「俺達のマスコットを泣かすなんざ不逞やろうだ」
とか、
「こんな小さな女の子が『時忘れ』を倒すなんざすげぇ事だぞ」
とか、
「元はと言えば『首狩り』が話を突っぱねたのが悪い」
とか、
「代わりに俺達が連れてってやろうか?」
とか、
「DTだから根性がない」
とか、
「DTだから足が臭い」
とか、
「DTだから変態だ」
とか、
DTDTうるさいわ!
好き勝手に言ってくれるのに腹を立て、掌に炎を灯し、
「焼くぞ」
と、脅し文句を言うと、秒で静寂が訪れた。
皆『首狩り』などと馬鹿にはしているが、その実『首を狩る』と言うその実力を、どの程度の物かを知ってはいるのだ。だったら煽るなっつーの。
嗚咽を我慢するルルカの声だけが部屋に残る。
はてさてどうしたものか……。
ルルカの泣き顔を見ながらしばし考える。
さすがに、また同じ事をされては敵わない。
下手をすると、いけないおじさんに騙されて、付いて行ってしまうかも知れない。
この世界には奴隷制度が存在している。
そうなれば夢見が悪いどころじゃない。
ならばせめて、目の届く範囲でと、大きく嘆息してから、
「分かったよ。ちゃんと言う事聞くなら連れて行くから」
と、同行を許可すると、ルルカは今まで泣いていたカラスが嘘のような笑顔を作り、周りの大人達に「良かったな」と言われハイタッチをしていた。
なんだか嵌められた気がするのは気のせいだと思いたい。
それからと言うもの、僕はルルカと二人で依頼をこなすようになっていた。周りからすれば、コンビで依頼をこなす兄妹のように見えるだろう。
その所為という訳でも無いのだが、一人でやっていた時の気楽さは無くなり、師匠と呼ばれる立場もあって、色々と気の抜けない事が多くなってしまった。
早々に仕事を切り上げて、お食事処で英気を養う事が出来なくなったのもそうだが、収入にしても、報酬の全てを総取りだったのが、二等分にしないといけなくなったので、少なくとも一日に複数の依頼をこなさないと割が合わなくなってしまったのだ。
二人でやってる以上、ちゃんと分けないといけないしね。ただでさえ優秀過ぎて僕の出る幕が無くなって来てるのに、ピンハネ何てしたら、斡旋所の悪代官様と大差なくなるじゃないですか。
そこまで非道にはなれません。こちとら十七年もお人好しやってんだから。
そういった、環境の変化にもようやく慣れ、雪もすっかり解けた春の日の事、斡旋所内では図らずも有名になってしまった僕の元へ、特別な依頼が舞い込んだ。
ヘンリエッタさんから別室に呼ばれると、そこで内容を聞かされる。
布張りのソファの上に腰を下ろす。机の上にはお茶まで用意されていた。
ものすごく嫌な予感がする。
毒なんて入ってないよな? と思いつつお茶をすすると、
「最近はどうだい?」
ヘンリエッタさんは無難な台詞から話を始めた。
僕も同じく無難に返す。
「どうと言われましても……まぁ普通ですかね?」
ヘンリエッタさんとは、借りてたお金が底を付き、路頭に迷ってうずくまっていたところを「働け!」と尻を蹴飛ばされて以来の関係だ。
僕のうずくまって居た所がたまたま斡旋所の裏口だった事と、彼女自身が姉御肌な所もあって、僕に依頼の受け方や申請のやり方など面倒を見てくれたのが始まりだった。いわゆる恩人の一人だ。
取り留めのない会話を数回繰り返した後、ヘンリエッタさんは本題に入った。
「もうすぐ戴冠式が有るのを知ってるかい?」
「ええ、まぁ……といっても聞きかじり程度ですが」
「まぁ、それだけ知ってりゃ上等さね。実は、中央から式典警備の依頼が来てるんだ」
「式典警備ですか?」
「あぁ、『腕に自信のある者』を斡旋しろとあってね。なかなか見合うやつが居なくて困ってるんだよ」
セルムス公国ではもうすぐ国家元首の交代がある。聞きかじった所によると、近年、内務大臣がクーデターを図り国家転覆を企んだのだが、第一公女様がそれを未然に防ぎ、新体制を築いたのだそうだ。
その為、新体制の強化と反抗勢力一掃を兼ね、現国家元首は身を退き、第一公女様へと国家元首の座を譲渡継承するのだとか。
そして今回、その戴冠式と、宣誓式が盛大に行われようとしている。
正直どうしようか迷っていた。ヘンリエッタさんには恩義も感じているし、この話を受けてあげたいけれど、ルルカを置いて行くのが気に掛かる。
式典のある首都カルメアへは駅馬車で三日。式典を含めた警備期間は二週間。帰還の日数まで含めると、計二十日間も離れなくてはいけないのだ。
二~三日ならともかく、その間、ルルカが大人しくしてくれるとは思えない。
やはり目を離す訳には行かないか。
ルルカには前科もあるのだ。
そう思い断ろうとした時、ヘンリエッタさんは言った。
「報酬は金貨十枚。屋根付き、飯付き、装備付きだ。どうするね?」
「やります。お願いします」
僕は即、快諾の返事をしたのだった。
だって金貨十枚だよ。
一枚あれば一週間遊んで暮らせるのだよ。
それに泊る所もご飯も制服まで支給されるなんて、こんな好条件他にないんだよ。
ヘンリエッタさんには恩義もあるんだし、ここで受けないと男じゃないでしょ。
はっはっは。
後はルルカの説得だけが心配だったが、案ずるより産むがやすし。思い切って正直に言ってみると、すんなりと飲み込んでくれた。
てっきり「連れてけ」とごねられるかと思ったが、ルルカは普段の依頼とは内容が違う事を汲んでくれたようで、僕がいない間は孤児院の方での奉仕活動を手伝うと言った。
満面の笑顔で。
ひまわりのような笑顔で。
きっと金貨に目がくらんだ罰が当たったのだと思う。
僕は後に、この日の事を後悔する事になる。
首都カルメアについてから、紹介状を見せつつ案内されるがままについて行くと、君主城壁内の一角に仮設されたであろう集合住宅ばりの掘っ立て小屋に連れていかれた。
現在住んで居る安宿くらいのレベル。個人的には問題ない。飯はテントで炊き出しとなっており、支給の装備は軍帽に軍服、槍一本、と言った感じだった。
その後、お偉いさんとご対面。お偉いさんと言っても部隊長レベルのお偉いさん。もっと上の人には会えるはずもない。精々式典の時に遠くからチラ見する程度。
ともかく、僕達臨時兵士に下された任務は、君主城を中心に半径二キロの距離をくまなく危険物を探す苦行だった。
特にパレードをする訳でも無いのに、沿道を捜して歩く。
何度も何度も何度も何度も
ひたすらひたすらひたすらひたすら
これが午前の部。
午後の部に入ると今度は槍の練習。
走って突いて走って突いて、
走って突いて走って突いて。
それも終わると今度は整列と行進の練習
右、左、右、左、右、左、右、左。
それをローテーションで回して行って、いい加減発狂しそうになった頃、式典を明日に控えた昼過ぎに、ようやく当日の警護配置と内容が告げられた。
君主城の外門をくぐり、まっすぐ進むと、正面に攻城時用の防壁広場が見える。防壁の高さは三階建ての学校の屋上くらい。その上に舞台が設置され、そこで、戴冠式を終えられた公女様が国家元首としての宣誓を挙げるのだそうだ。
当日は一般の国民も防壁広場に集まるのでかなりの人出となる。
僕達臨時兵士の当日の任務は、その国民達が舞台に近づき過ぎないよう境界となる人垣を作るのが任務だ。
一応、口頭だけの説明では分かりづらかったので、頭の中で整理すると、
防壁の上に『公女様』その脇に『近衛兵』および『重鎮』
下に降りて
防壁の前に『魔導人形』
その前に『一般兵』
その前に僕ら『臨時兵』
その前に『多数の国民』
これが外門まで続く。
たしか、ヘンリエッタさんから、腕の立つ者を――とか聞いてたはずなのに、腕の要素が全く必要ない。正直言って、こんなのアイドルコンサートの警備員と同じじゃん。
まぁでも、荒事になるよりかは楽で良かったかも。
これで金貨十枚なら、まだ割の良い仕事ではある。
式典が終われば僕らはお役御免となるのだから、その後はルルカへのお土産でも買って帰るだけ。なんて楽勝。そんな事を考えてその日は眠りについた。
して翌日。
甘かった。
民衆のパワーを僕は測り損ねていた。
日本の天皇陛下が正月に手を振ってるあんな感じを想像していたのだけれど、こっちの民衆はとんでもなくハードだった。日本人のマナーの良さが改めて身に染みる程だ。
開門と同時に飛び込んで来た民衆は、とにかく少しでも公女様のご尊顔を、良い位置で拝謁しようと割り込んで押してくる押してくる。それを僕らは槍を横に構えて抑え続ける。決してこの先に踏み込ませてはいけないのだ。
この募集要項書いたお方『腕に自信のある者』の使い方間違ってますよ。『腕力に自信のある者』が正解ですよきっと。
戴冠式が恙無く終わったのか、ファンファーレが鳴り、とうとう公女様が防壁の上にお目見えした。
そうなるとひと際盛大な歓声が上がり、更に押し寄せる力が増大した。
誰だよ割の良い仕事と思ったやつ。はい僕です。
だから思わず身体強化の魔法使っちゃいましたよ。
反則ではないでしょ。れっきとした自分の能力なんだから。
そういえば石化の魔導具も渡されてたな。
これってどっちの意味で渡されたんだろう? 自分が石化して壁になるのか、押してくる人を石化して押しとどめるのか。うーん難しい。
そんなこんなで四苦八苦していると、頭の上を飛び越えていく影が見えた。
警備を越えられたと思い、慌てて振り向くと、その影は、宙を飛ぶ小さな女の子だと知った。何となく嫌な予感がよぎる。
もしかして――ルルカ?
その手には最大級の風の刃が形成されていた。
風に乗って声が聞こえてくる。
「父様の仇だ! 思い知れっ!!!!」
ルルカの手で形成された風の刃はまっすぐに公女様へと向かって放たれた。




