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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚23 セルムス公国第一公女の難

 ● 譚23 セルムス公国第一公女の難



 セルムス公国第一公女 シャルミエール=ノエル=フォン=セルムス は、皇位継承順位、第二位の権利を持つ十七歳の少女だった。


 しかし、そんな大仰しい肩書は、第一位の兄がいる限りお鉢が回ってくる事は無いと思っており、特に政治などには全く興味のなかった公女は『所詮は公女たるこの身、いずれはどこかの貴族の物となって、後の権力争いの火種にでもなる子息を産めばお役御免であろう』と、素直に思っていた。


 ならばせめて、自由を失うその日まで、日々をのんびり優雅に暮らせればそれで良い。

 そう高を括っていたのだが――

 


 ――状況が一変したのは、丁度二年前の秋。

 あれだけ元気だった兄が急死してからだった。

 死因は心臓麻痺――ではなく、それは上辺だけの名目で、実際は暗躍する誰かに毒を盛られて殺されたのだと知った。

 思い当たる人物は一人しかいない。

 父の実弟にして、公女の実の叔父、


 エドワルド=ルミネス=フォン=セルムス 内務大臣。


 幾度となく父とぶつかっていた叔父は、理念の違いから、独自の派閥を持つに至っていた。

 そう言った確執には目を背けたくて、公女は一切の政治的思想には触れずに今日までいたと言うのに……。

 ここに来て皇位継承権第一位など、冗談にも程がある。

 矢面に立たされるにしては酷過ぎるくらいの大きさだ。

 このままでは、兄と同じように暗殺されるのは目に見えている。できれば叔父と話し合い、皇位継承権を放棄する代わりに、自身の身の安全を約束してさえ貰えればそれで良いのにと、公女は思っていたのだが……。


 叔父はそのようには考えていなかったようで、親睦の深い伯爵家での舞踏会の帰り、馬車は襲われた。


 共に乗っていた世話係のタルマが悲嘆に語る。

 野盗の仕業に見せかけようとはしているが、ヤツらが初手から魔導具を多用して来た事からして有りえない。

 仮に本当に野盗だとしても、大臣の息が掛かっているのは間違いない。

 こんな高価な魔導具を多用してまで襲うのは、商人の荷馬車隊(キャラバン)ならともかく、貴族の遊覧馬車一台など、奴らにとって割の合う獲物ではないはずだ。

 採算を度外視してまで襲ってくると言うのであれば、目当ては中に乗っている人物の命――と。


 屈強な護衛達が次々と堕ちていく。

 彼らは切られた訳ではなく麻痺の魔導具で動けなくされていたのだ。

 近年の戦闘は相手を傷つけるのではなく、いかに動けなくするかを重きにおいて研究されているのだとタルマは言う。

 ラスタニアとの小競り合いで敵国が取っている蘇生兵戦法とやらに手を焼いた我軍の兵士が考案したのが拘束戦法なのだそうだ。拘束し、治癒の魔導具を使えなくする。

 拘束の魔法には色々ある、麻痺に石化、重圧に電撃。これらを刻印して魔導具とする。

 ともあれ、どの魔導具にしても、相手を動けなくしてからトドメを刺す。

 最も確実でシンプルな原理だ。


 そして我屈強なる護衛達も、その戦法にやられ次々と脱落していった。


 馬車は止められ、最後の護衛も動かなくなった。

 既に周囲を囲まれており、逃げ出す算段もたたない。



 ――ここまでか。


 公女は意を決すると、タルマに向けて手を差し出した。

 公女の意を察したのか、タルマは手を震わせながらナイフを手渡す。

 

 渡されたナイフを両手に持ち構える公女。


 ただ、日々を、のんびりと過ごしたかった。

 ただ、日々を、小鳥のように歌い過ごしたかった。


 いったい何がいけなかったのか?

 考えるまでもなく公女は知っていた。

 政治を知らなかったからだ。

 醜いものに蓋をして、目を背けて来た結果が今の自分だと公女は嘆いた。

 だからこうして無残な死を遂げる。

 ならばせめてその役目をこなすが如く、貴族としての死を迎えよう。

 得体も知れぬ男達に嬲られるのは自身の趣味ではない。


 冷ややかなナイフの刃を喉元に充てる。

 覚悟を決めて目を瞑る。

 大きく息を吸い、手の震えを抑えながら、力を込めようとしたその瞬間、




 ドオオオオオオオオオーーーーーーォォン




 まばゆい閃光と共に轟音が響き渡った。


 足元が揺れ態勢を崩す。

 手元のナイフが床に落ち、壁に手を付き倒れぬようにと揺れに抗う。


 ようやく揺れが収まって目開けた時、その場には、麗しくも美しい男が横たわっていた。

 突然の出来事に放心する。はたと気付いて辺りを見回す。

 いったいこの男は何処から現れたのか? 

 見渡すが、馬車のどこにも入って来れるような穴は無かった。もちろん扉もしっかりと閉まっている。


 気が付けば、どういう訳か辺りは静まり返っていた。


 馬車の窓から辺りを伺うと、野盗達はなぜかその場に倒れていた。全く動く気配はない。

 足元の男の顔を見る。頭の中に男の声が聞こえた気がした。


 『――今の内に――』


 公女は意を決すると、タルマに向かって指示を出す。


 「タルマ、早く馬車を出せ。今の内じゃ」


 「しかし、姫様――」


 足元の男を訝しんでいるのだろう、タルマが言葉を濁した。

 それを公女は一喝する。


 「この方は命の恩人じゃ、早う馬車を出せ!」


 「は、はい! 直ちに」


 タルマは馬車を抜け出し御者台に飛び移ると、掛け声と共に馬に鞭を入れた。


 「ハイヤっ」


 走らせた公女の馬車を追う影は一つもなかった。


 こうして、公女は命の危機を脱したのだった。



 後日、内務大臣は公女暗殺未遂の主犯として捕らえられ、処刑された。

 立場と身分を鑑みて、内密に処刑されたのだそうだ。


 そして、その日以来、公女はあらゆる事柄に興味を持つ事にした。内政、経済、福祉、外交、ありとあらゆる方面の知識を可能な限り吸収していった。

 その傍らには、あの時現れた、麗しき男が立っている。公女の命の恩人であり、一番信頼のおける護衛として、そこに立っている。

 

 ただ、残念なことに、彼が何を言っているのか公女には理解できなかった。まるきり言語が違うのだ。今まで聞いたことのない言語に公女は頭を悩ませた。だが、彼にはこちらの言葉が理解できているようで、名前を尋ねた時、


「&##&%$タカ*+&%$」


 と、聞こえた。


 だから公女は彼の事を タカ と呼んでいる。




 もうすぐ戴冠式が始まる。

 この式が終われば、公女は敬称を変え、国家元首となるのだ。












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