譚22 新天地と少年
● 譚22 新天地と少年
ヒメ先輩の許を離れてから一年。僕は今、セルムス公国の南端にあるブラーネスと言う交易の盛んな街で、日雇い労働者となっていた。
毎朝、職業斡旋所の掲示板に貼り出されたその日の依頼を吟味し、それを自身の技量に合わせ受付にて申請登録を以って依頼を受諾する。そして依頼の仕事をこなして帰還した後、終了報告書を提示して報酬をもらう。これを一年間続けた結果が今の僕だ。
だから、日雇い労働者。
日雇いとは言うものの、依頼の内容は様々で、期限付きのモノもあれば無いモノもある。猛獣の討伐で何日もかかる事もあれば、短時間で終わる町の清掃だったり、一日限りの荷物搬入の手伝いなどもある。
前払いは一切なし、依頼を達成できた時だけ、初めて報酬が支払われるのだ。
これ、まんま冒険者ギルドじゃね? と思ったあなた、反省しなさい。
残念ながら、掲示板に貼り出された依頼には、ランク付けなんてものは存在しない。書いてあるのは依頼内容と報酬だけ。
冒険者ギルドなら、依頼の危険度とか、受諾者の力量とか、色々ランクがあって、安全率に従い、美人なお姉さんが「これ君のランクじゃ受けられないんだよ~」とかやってくれるでしょ?
ここはそういうの一切なし。
自身が受ける依頼は自身で決める。死のうが生きようが斡旋所は一切関知しない。達成してくれさえすればそれでOK。依頼書を持って行けば基本スルーで右から左。だから比較的達成しやすい依頼は早い者勝ちとなり、困難なモノはいつまでも掲示板で燻ぶっていたりする。
ドラゴン倒して英雄を気取ってくれる勇者は、現実には存在しないのですよ。
皆、楽して日々を過ごしたい、命を危険に晒したくない。それが生き物の性ってもんですな。
当初、そういった事情を知らなかった僕が、文字が読めずにどっかのラノベのマネをして依頼書を持って行ったら、何事もなくさらっと受諾され、赴いた地で遭遇したのが、アロサウルス張りの肉食トカゲだった。
何とか魔法を駆使して倒せたのだけど、風の魔法で首チョンパして倒したのが悪かったのか、その日以来、僕の事を『首狩り』と呼ぶものが出て来た。
もちろん、誉め言葉なんかじゃない。畏怖して付いた二つ名でもない。
単にバカにされて付いた仇名だ。でもそう言うのが一番の通り名になったりする。
こういった害獣駆除等の依頼は、貴族の好事家が剥製にする為に高値で買い取ってくれるらしい。いわゆる追加ボーナス。なので、首を飛ばした僕の倒し方は、誰もやらない倒し方だったのだ。
そういえば元の世界にも、虎の毛皮の敷物や、鷹の剥製を部屋に飾る人がいたっけか。首を飛ばしたら価値が下がる。そりゃ笑いものにもなるってもんだ。
うん? 首だけの鹿が壁に飾られてたりしてるだろって?
いや、だから無いとは言っとりませんがな。価値が下がるんですよ、価値が。買い叩く口実にされるのですよ。世知辛いのは何処の世界でも同じみたいです。
ちなみに、ドラゴンを相手にするのはお国の仕事。
国家災害級の化け物が暴れてるのに、素人同然の奴らに任せる訳がない。ゴジラが暴れてるのに、軍隊投入しない国家なんてふざけるなって感じでしょ。
でもまぁ、ここ何十年とドラゴン何て現れてはいないらしいけどね。
だから、僕が倒した肉食トカゲさんは、家畜に被害が出たから駆除してくれって程度の内容です。クマが出たから猟友会に依頼しましたって程度なんですよ。だから報酬もそんなに高くない。簡単に英雄などにはなれません。
そもそも人目を避けて暮らしたい僕が、どうしてこんな町に住み着いているかと言うと、そりゃ、誰も立ち入らないような山の中で、この世界の常識を知らないボンクラが、サバイバル生活なんて出来るとお思いですか?
僕のサバイバル一口目は、あの『ツグサの実』だったのですぞ。
命がいくつあっても足りやしない。
この町に来る前に、たまたま運よく遭難した人の遺体と遭遇し、金品と身分証が借りられたので、せめて一般常識が付くまではと町に潜入したのだ。
町の中なら猛獣に襲われる心配も無いし、食べ物だって毒を気にしなくていい。これって結構重要な事だよね。
ただ、やはり町の中で住むには先立つものが必要で、金品が底をつき、路頭に迷っていたところを、斡旋所で働いていたお姉さんに「働け!」と尻を蹴飛ばされたので、まがいなりにも日雇い生活が出来るようになったという訳だ。
だから今の僕の名前は アルス・カイマン 僕の尻を蹴飛ばしたお姉さんが、身分証を見せろと言ったので見せた時、鼻を鳴らして「ふん。アルス・カイマンね……」と、そう呼んだから、それで間違いないと思う。
でも、やはり同業者達からは『首狩り』と呼ばれることの方が多い。
安宿生活を始めて丸一年、今日も今日とて斡旋所通い。一日でも休んだら今日の晩御飯にありつけない。そんな、ブラック企業も真っ青な斡旋所を、あくびをしながらドアを開けて入ると、
「師匠、おはようございます!」
と、元気な声がお出迎え。
この子の名前は ルルカ・シェルノ 町の端に建つ孤児院に住む、十歳の女の子だ。
いっとくが、僕にそっちの趣味は無いからな。僕はもっとこう、もっとこう――こほん。
「師匠、今日はトゲ猪に畑ば荒らされて困っちょるって依頼が有りましたので、確保しておきました。こちらで良かですか?」
「うん、それいいね。それで行こう」
「はい。では早速手続きばしてまいります」
ルルカと出合ったのは、僕が斡旋所にお世話なって三ヶ月くらいの頃だった。
文字が読めない僕にとって、依頼を受ける事はまさにギャンブル。それまでに、はずれを引いて死に目に会った事は何度かあった。それでも何とか魔法を駆使して乗り越えていたら、ある日この子が掲示板の前で悩んでいる僕に声を掛けて来た。この方言交じりの口調で。
「おにちゃん、もしかして文字が読めんとですか」
グサッ
本当の事には違いないけれど、やはり、こんな子供に言われてしまうと傷つくマイハート。元の世界ならな、元の世界ならな……偏差値七十八もあったんだぞ!
「悪いかよ」
訝しく思いながらも返事をすると、ルルカは少し考える仕草をしてからこう言った。
「別に悪くは無かとですが、ここに書いてある内容には気付いちょらんですよね?」
うん? 何のことだ?
僕はルルカの指し示すところを見た。わかんねぇ。
「ここに書いちょります。
申請書類代筆料=銀貨一
依頼申請手続き代行料=銀貨一
討伐対象鳥獣駆除申請代行料=銀貨一
同許可書発行手数料=銀貨二
先ほどおにちゃんが悩んでた依頼の報酬からすると、これらで全体の三分の二を持って行かれちょりますよ」
ルルカが読み上げた内容に僕は驚愕した。
驚愕して固まっていると、ルルカは続けてトドメの言葉を重ねた。
「文字の読めない人は多いですけ、斡旋所がカモにしちょるんですね『その場で支払いなき場合は、成功報酬より天引きいたします』とも書いちょりますし」
ダブルパンチ。開いた口が塞がらないどころか、立ち上がる気力すら奪われてしまった。この三か月と言う期間、自分は気付かず養分してたって訳だ。
どうりで働いても働いても一向に生活が楽ならないはずだ。他の同業者共は底辺とは言えそれなりの生活をしていたというのに……おかしいとは思ったんだ。
文句を言いたいが、書いてある以上こちらが悪いと言われるだけだ。だってその文章の下に
『不明な点は口頭でもご説明いたします。お気軽に窓口まで』
と書かれていると教えて貰ったのだから。
まるで悪質金融業者の手口だ。読めないヤツがどうやって読むんだよ!
僕が意気消沈して涙していると、ルルカは満面の笑顔を浮かべ締めくくった。
「じゃ、これからは、ルルカが全部手続きしてあげますけ、代わりに魔法さ教えてくんろ」
「はい?」
こうして僕は、ルルカに依頼の手続きをしてもらう代わりに、魔法を教えると言う事になった。
ルルカは以前、僕が魔法で依頼をこなしているところをたまたま目撃し、何度か後を付け調査した結果、どうにかして魔法を教えて貰おうと話す機会を伺っていたらしい。
お陰で、今までピンハネされていた分の報酬が入るようになったので、多少なりとも晩御飯のおかずに色が付くようになった。あと、おさkeがね――ごほごほ。
しかし、このまま魔法を教えるだけってのはルルカに対して申し訳なく思い、後日協議して、正規のピンハネ額である銀貨一枚で依頼書の手続きをしてもらう事にした。
ほら、魔法ってタダじゃん。努力して覚えた訳でも無いし、気が引ける訳ですよ。
その時、ルルカは「存外、師匠はお人好しさんですね」と笑った。
ほっとけ。
話ついでに、どうしてこの魔導具時代にワザワザ魔法を覚えたいのか聞いてみると、
「大人になって路頭に迷わんように、今から身を立てておくですよ。十五になれば孤児院を出ていかんといけんですので。それに魔法なら、物珍しさもあるし、魔導具のように高いお金を払わんでも良かですもんね」
大したお子さんだった。電卓時代にわざわざ自分で算盤塾に通うというのだ。
僕が十歳の時は、携帯ゲームの怪獣を集めるのに必死になっていて、塾なんかに通いたくない歳頃だった。
あまりに感心してしまったので、僕はこの話を鵜呑みにしてしまった。
でも、鵜呑みにしてしまったのは、それだけじゃなかったかも知れない。この子の持つ雰囲気が、なんとなく和むと言うか、そんな気がしたからかも知れない。
人と会話が出来ると言う事に、少なからず僕が気を緩ませていたのは確かだった。
だから、あの日、耳鳴りのする中で『変われ』と響いたあの声を、僕は無かったことにしてしまっていた。
本来であれば、あれ程の人を殺した僕に、人と触れ合うことなど許されるはずもないと思っていたはずなのに――。
仕事に向かう前の空いた時間に、僕はルルカに風の魔法を教えた。
ルルカがどうして魔法を習いたかったのか、本当の理由を知らないまま魔法を教えていた。




