譚21 戦の後に
● 譚21 戦の後に
――クリストフ辺境伯領、執務室内にて――
領主、アルベルト=ファーロイド=クリストフ辺境伯は、兵団長ハイルマンの帰還を、今か今かと待ち構えていた。
もちろんその楽しみである大半は『岩投げ』の身柄である。
領主である自分に対し、暴言を吐いたその口を、どうやって塞いでやろうかと考えて興奮しているのである。
泣き叫ぶままに犯すも良し。発狂するまで痛めつけるも良し。とにかく、神が作りし芸術品とまで噂されたその容姿を、恥辱で染めるか、苦痛で歪めるか、どちらであれ、見られるであろう事に、興奮が収まらない領主、アルベルト=ファーロイド=クリストフ辺境伯なのであった。
しかし、彼のその興奮も、執事長のクレイドルから、討伐隊壊滅との報告を聞いたとたん、蒼白となった。
「魔導人形だぞ、セルムス最高の魔導兵器だぞ。それも三体、全てやられたのか?」
「遺憾ながら」
かろうじて生きて帰った者は僅か七名になっていた。戦死者として報告されたのは推定七十三名、そのほとんどの亡骸が半分になったと報告された。
もちろん遺体の回収などは出来てはいない為、現時点で帰還していない兵士の数が充てられている。
「あ……あ、『赤』はどうなった、仕留めてはいるんだろうな!?」
悲痛な顔をしてクレイドルに取りすがる領主。
だがクレイドルは無情にも、
「いえ、残念ながら、『赤』は行方が分からないとの事です」
言葉を濁すことも無く答えた。
その言葉に、さらに顔を青くする領主。
領主は狼狽えると、クレイドルの胸倉を掴んで喚いた。
「お、お前が、悪いんだぞクレイドル。お前が魔導人形なら大丈夫などと申すから戦わせたんだぞ。どうしてくれるんだっ! 『赤』に逆らってしまったじゃないか! これでは『赤』に、命を狙われるじゃないか!」
その剣幕に、クレイドルは落ち着き払って指を鳴らす。
とたん領主は力が抜けたかのように膝から崩れて床に倒れた。
意識を失くした領主をクレイドルは抱え上げ、椅子に座らせながら考える。
(あの魔導人形を倒したとなると、今回は本物でしょうか? いや、決めつけるのは良くないですね。もう少し様子を見ますか)
領主を座らせたあと、クレイドルがもう一度指を鳴らすと、何事もなかったかのように領主は目を覚まして言った。
「クレイドル、ハイルマンはまだ帰らぬのか?」
――ラドル・ムー家にて――
キリシェ・ムーが夫の死の話を聞いたのは、帰還兵の一人、ダニエル・ポーからだった。
ダニエルは、ラドルの先輩に当たり、家族ぐるみで付き合いのある、親しい関係だった。
ダニエルは当初、キリシェに対し『レジスタンス討伐の際、ラドルは殉職した』とだけ伝えたのだが、何かを察したのか、キリシェは泣き崩れるでもなく夫の最後を事細かに話せと迫って来た。
その、迫力に根負けしたダニエルは仕方なく、思い出したくはないが、自分の知りうる状況を説明した。
レジスタンスの内偵に潜入をした事
レジスタンスの首魁を捕縛まで追い詰めた事
レジスタンスの砦で『赤の死神』を見つけ、危険を顧みず大声を上げた事
これらを全て、詳細に話した。
ラドルは勇敢だったと添えつけて。
すると、キリシェは唇を震わせながら言った。
「夫の仇は『赤』なのですね」と。
その瞳には、堪えた涙と決意が光っていた。
話して良かったのかとダニエルは不安を抱えた。
――レジスタンス砦跡にて――
タロス・ルバンと仲間三名が、その光景を見た時、正に地獄絵図だと吐き気を覚えた。
中々脱出して来ない姐さん達を危惧し、危険を承知で様子を見に来たのがこの時だったのだ。
脱出口から逆をたどり、剥き出しとなった入り口から様子を伺うと、辺り一面の死体。死体。死体。
しかもそのほとんどが、半分になっているという異様さだった。
そんな中で、ポツンと横たわる姐さんと、放心している同胞を見つけた。
辺りを警戒しながら二人に近づくと、二人とも生きていることに安心した。
放心している同胞に、喝を入れて脱出を促すと、同胞は放心したまま呟いた。
「『赤』が出たんだ」
「はぁ?」
「『赤』がヒメを助けて行ったんだ」
「『赤』ってあの『赤』か? バケモンの?」
「そうだ、その『赤』だ」
タロスがこの言葉を聞いた時、同胞はきっと疲れている、そう思った。『赤』が人助けなどありえない、きっと何かの見間違いだ。そう思った。
周りを見ると、死体に紛れて見慣れない残骸があった。情報から照らし合わせると、きっとこの残骸が魔導人形なのだろう。残骸も丁度二体分確認できた。
「話は分かった。だがここは危険だ、とりあえずここから離れよう。いつまた敵が攻めて来るか分からんからな」
きっと同胞は魔導人形に付いた赤い血を見て『赤』が現れたと勘違いしたのだろう。この半分になった異様な死体も、きっと姐さんがやったに違いないのだ。
いままで散々首のない死体を見せつけられてきたのだから。この半分になった死体も、能力の威力が上がったにからに違いない。
今更そんな事では驚かない。
その時、突風が吹いたかと思うと、目の前に一人の女が現れた。
肩までの髪に特徴的な大きな眼鏡。その奥には優しげだが気の許せない眼光が覗いていた。背丈ほどもある立派な錫杖を持ち、真っ白な衣に身を包んでいる。
あの衣には見覚えがある。確かハビリア聖教国の近衛クラスの聖衣、だとするとこの女はかなりの実力者だ。
タロスはそこまで分析すると腰に差したナイフに手を掛け、いつでも反撃できるように身構えた。
と、女がクスクスと笑い出し。
「大丈夫です。私達は味方ですよ」
私達? 不思議に思い周囲を確認すると、いつの間にか同じ格好をした女達に取り囲まれていた。
眼鏡の女が言う。
「神子様をお迎えに上がりました」
どうする? タロスは考えた。信用して良いものかどうなのか?
しかし、意識を失ってる姐さんを抱えて逃げ切れる自信などない。呆けている同胞の協力なしに戦えるとも思えない。
ここは逆らわない方が無難だとタロスは決断した。
戦禍はまだ、収まりを見せず燻ぶっていた。
2021.03.17
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