譚20 あの化け物は何処から来たのか? あの化け物は何者か? あの化け物は何処へ行くのか?
● 譚20 あの化け物は何処から来たのか?
あの化け物は何者か?
あの化け物は何処へ行くのか?
いったいどのくらい眠りこけていたのだろうか?
僕は異常なくらいの室内の暑さに目を覚ました。
やけに肌がじりじりと熱い。直射日光でも当たっているのか? だとしても、これは、熱すぎですよと体を起こすと――
――辺り一面が火の海となっていた。
さすがに、度肝を抜かれて飛び起きる。
いったいどういう状況だ!? 寝起きドッキリにしては過激すぎる!
ドッキリ大成功と、文字の書かれた看板を持つ者の姿は当然ない。
まだ燃え広がっていない扉を蹴飛ばして、急いで部屋を脱出すると、そこかしこに出来立てほやほやの死体が横たわっていた。その状況にさらに驚いていると、まだ動こうとしている死体があった。
ゾンビ――ではなさそうだ。
よく見ると、左の頬に逆三角の刺青。
ディックかよ! 火に炙られて火傷がひどい。
慌てて覆いかぶさっている死体を除けると、ディックはノロノロと腰のポーチから口紅のスティックのようなものを取り出して、グッと握った。
すると緑の光が現れて、ディックを包み込む。
みるみる内に彼の傷を回復させる緑の光。
火傷の痕が消えると。ディックは「助かった、ありがとう」と言ってドサリとその場に倒れこんだ。
おい。寝るな。こんなところでお寝んねしたら、また大火傷するだろうに!
死んでしまったかと思うほどの見事な倒れっぷり。
ディックは、
「すまねぇ、治癒の反動で、動けそうにねぇ。悪いが肩を、貸してくれねぇか?」
そう言えば――と、ジージが言っていたのを思い出す。
魔導具での治療は体に負担が掛かるとか言ってたはず。きっとディックがグニャグニャになっているのはその所為に違いない。
辺りはさらに燃え広がっていく。
仕方なく僕はディックに肩を貸すと、抱えるように持ち上げた。ぐ、重い……。
「いったい、どうなってるんですか? 起きたら一面火の海なんて、洒落にもなんないですよ」
僕が愚痴をこぼすとディックは息も絶え絶えに、
「……領主の、私設兵団が、攻めて来やがったんだ。今、ヒメ達が応戦してる。俺達は隠し通路から、住民を逃がし、脱出している、最中だよ」
何てこったい。僕は天を仰いで嘆いた。
燃えてる天井しか見えないけど。
そんな僕を尻目にディックは続けた。
「住民達は、なんとか脱出できた。後は、戦ってるやつらを残すのみだった。けど、そん時、西門が破られて、魔導人形が、侵入して来やがったんだ」
魔導人形?
確かジージの話では、お隣の国で使われてる対人兵器の事だったか?
僕が考えていると、さらにディックは、
「応戦した、けど歯が立たなかった。致命傷を、負わされて、動けなくなった。そん時あんたが、来てくれたんだ、ありがとよ」
と、苦しそうに礼を言った。
それは何よりで。
しかし、いきなり戦争おっぱじめるとか、勘弁してほしい。目が覚めたら一面火の海ってだけでも心臓が飛び出る程驚いたのに、その原因が戦争だって? 冗談じゃない。しかもディックのような筋骨隆々のナイスガイが、歯が立たなかったとほざいてる魔導人形が攻めて来てるとか――ありえない。出会ったら即逃げよう。うん、即逃げよう。
火の勢いはさらに激しくなっていった。
早く脱出しないと本当にこんがりと焼けてしまう。
僕がここに運び込まれた時には、今一つ分からなかったけれど、この屋敷、こうして歩いてみると、随分と入り組んだ作りになっていたようだ。侵入者対策って奴だろうか?
きっと一人だと迷って抜け出せなかったかも知れない。ディックと会えたのは僕にとっても幸運だった。
ディックの指示にしたがって担ぎ歩いていると、何気なくと言うように、ディックが疑問をぶつけて来た。
「そういえば、起きたばかり、だって言ってな」
「ええ、そうですよ。死ぬかと思いました」
即座に返すとディックは、
「……変だな……ちゃんと新人に、連れて脱出するように言っといたんだが――」
僕は背中に冷たいものが流れた気がした。
なんで、そんな不穏な事を今言うんですか。そんな事言われたら、もしかしてその人、僕を殺す為にワザと取り残したみたいじゃないですか。そんな事をされる心当たりが僕にはあるんですけどね。絶対口が裂けても言いませんけどね。
僕が『赤の死神』と呼ばれた時の事を思いだしていると、
「まぁ、いいか、おかげで、助かったんだからよ」
ディックはさっくりと話を終わらせた。
意外と楽天家だった。ってか、まだ助かってないし。
ディックは話し終えると、荒い息のまま小さな呻きを上げる。
話すのが苦しかったら喋んなこの筋肉だるま。あんた結構重いんだから。
重いディックの身体を引きずりつつ、何とか踏ん張って移動していくと、丁度、太い廊下の角を曲がったところで、道は塞がれていた。
天井の梁がくの字に折れて、行く手を塞いでいる。
ここを通らないと外には出れないみたいだ。
行く手を塞いでいる梁は、蹴ったくらいじゃ動きそうもない。しかし、もう回り道している時間も、残されてない。引き返そうにも、今、背後の天井が崩れてきて道を塞いでしまった。もうこの場所も天井が落ちそうになっている。
どうする? こんなところで焼け死ぬのか? いや、何か手があるはずだ、何か――
――あ。
なぜ、この事を思い出せなかったのか。僕は恥ずかしいとすら思った。
言い訳をすると、今まで使った事が無かったのと、寝起きドッキリに慌てていた事。
ホントどうかしてた。今の僕にできる一番簡単で確実な事だったのに。
僕は苦笑いをするとディックに申し訳なく言った。
「ディックさん。怒らないで聞いてくれます?」
「なんだよ」
「実はですね、僕」
――魔法が使えたんですよ。
「……はぁ?」
素っ頓狂な声を出すディックに僕は言った。
「だから魔法です。水の魔法を使えば良かったと今気付きました」てへぺろ。
「魔導具、じゃなくてか?」
「はい」
「いや、魔法だぞ、ジジババでも使えるやつ滅多に居ないぞ!?」
「ははっ、そうみたいですね」
「そう、みたいって」
「じゃ、見といてください」
どのくらい威力があるか分からない。下手にしょぼい魔法だと、消火が間に合わなくて崩れた天井の下敷きになるかも知れない。
うん。じゃ、これでいいか。
僕はディックを抱えたまま、左の掌を前に向けると、自分の記憶の中にある高威力っぽい水の魔法を唱えた。
「我、水の神に願う、大いなる力にうねりをのせ、天空を駆け巡らんことを」
――ドルア・メルケルタス・ラグーン――
呪文を終えると、僕の左手から水流が溢れ出した。
その水流はさらに捻じれ集まると、ダムの放水くらいの大きさとなって僕達の周囲を取り囲んだ。高速でぐるぐる回りながら天高く昇る水流。
まるで巨大な竜巻のように昇っていく水流は、周りの瓦礫ごと、死体ごと、壁ごと、天井ごと、全てを巻き込んで昇って行った。
その効果範囲のえげつなさに、僕が慌てて魔法を止めた時には、屋敷のほぼ全体が吹っ飛んで、更地になっていた。
ディックが隣で絶句しているのが分かる。
ま、まぁ火も消えたので良しとしよう。ね。ディックたん。
だが、その所為で、自らの身を隠すところが無くなったのも事実。
気が付くと、表に立っていた、たくさんの兵士さん達がこちらを見て驚いていた。
見覚えのある革鎧。僕を捕らえに来た、憲兵達の鎧と同じだ。
その一番先頭に、真っ黒いマネキン人形が二体立っている。
こいつが魔導人形だとすぐに分かった。
こりゃやばい。早く逃げなければ殺されてしまう。何か対抗できる魔法でいいものあったかな?
慌てて記憶を探り出した時、それを視界に捉えた。
人形達の傍らに、無残に転がる腕と足。
偉そうな、おっさん兵士の傍らで、血を流し、ぐったりと崩れている身体。
あれは――
――ヒメ先輩。
この瞬間、全身の血が逆流していくのが分かった。
心臓の鼓動が今まで感じたことのない怒りの感情を沸き上げた。
頭の中で耳鳴りが始まり、どこからともなく『かわれ』と声が聞こえた。
だからどうして、こんな事を言ったのか分からない。
だからどうして、こんな風に動けたのかも分からない。
それでもこれは僕のやった事だと認識していた。
ここからの僕は、僕であって僕じゃ無い。
「ひ、ヒメ――」
同じ光景を見て、言葉を詰まらせるディックに向かい、まず僕はこう呟いた。
「ディックさん。退いていてください」
自分でも意味の分からない無感情な言葉を告げると、僕はその場にディックをポイと投げ捨てた。
投げ捨ててすぐ、偉そうな髭のおっさんに向かい近付いて行く。
すると、そいつの傍に居たヤツが、
「こ……こいつ、赤です、赤の死神です!!!」
と、叫んだ。
声のしたヤツを睨むと、あの時、僕の右腕を抑えていたやつだと思い出した。
後にしよう。今は髭おやじだ。
少しずつ近付いていくと、いきなり黒い人形が飛び掛かってくる。
それを僕は邪魔だとばかりに腕で払う。と、触れた側から消えて無くなって行った。
勢いのまま、半分になって通り過ぎる黒人形。もう一体も同じように飛んで来たので同じ処理をした。
左の掌は既に赤く光っていた。
僕の口が勝手に問いかける。
「何をした?」
誰も答えない。代わりに、
「総員、撤退!!」
髭の親父が叫びやがった。
「何をしたかと聞いている!!!!!」
僕の体は勝手に大声で叫ぶと、髭の親父に飛び掛かって行った。
とっさに剣を構えた髭の親父を半分にする。
ヒメ先輩を運ぼうとしていたヤツを半分にする。
僕の事を赤の死神と叫んだヤツを半分にする。
生意気にも切り付けて来たヤツを半分にする。
踵を返し逃げ出すヤツを後ろから半分にする。
悲鳴を上げるヤツを半分にした。
泣き叫ぶヤツを半分にした。
命乞いをするヤツも半分にし、
祈りを捧げるヤツも半分にした。
逃げ惑う兵士達を僕は次々に襲って行った。見る見るうちに地面の色が赤色に染まって血だまりを作っていった。
何人も何人も何人も何人も――眼に見える、全ての敵を半分にした時、僕は全身が赤に染まっている事に気が付いた。
あれだけうるさかった悲鳴の音はもう聞こえない。
あれだけうるさかった叫びの音はもう聞こえない。
燻ぶった、煙の匂いだけが辺りに漂っていた。
ようやく心臓の鼓動が収まり、身体が赤く光らなくなった頃、僕は、血の滴る地面を踏みながらヒメ先輩の許へと戻った。
切り取られた手足を拾い、ヒメ先輩の体にくっつける。
傷跡が残るかも知れないと思いつつも、祈るような気持ちで回復魔法を唱える。
「我、光の神に願う、健やかなる慈愛に包まれんことを」
――ジ ヘルスニス オーロ――
切り口が奇麗だったから、きっと大丈夫だろう。そう思いつつ、僕は、怯えるディックへと振り向き近付いた。
ディックは近付く僕を見ると体を強張らせ、傍に転がっていた剣を取って僕に向けた。
悲鳴を上げないだけディックは凄い奴だと思う。
でも、このディックの行為は僕の心に傷を残すに十分な行為だった。
覚悟していたとはいえ予想通りの行為だったのだから。
人食いライオンの檻に放り込まれたあなたに対し、もう噛みませんから大丈夫ですよと言われたその言葉。信じますか?
逃げないでくれて良かった。僕は覚悟を決めると、少し距離を開けたままの状態で言った。
「あの人、強がってばかりですが、本当は寂しがり屋なんですよ。口は悪いし、すぐ手は出るし――でも、人一倍優しくて面倒見の良い、寂しがり屋さんです。僕は見る事は出来ませんでしたが、きっとあなたならデレてるところを見れると思います。だから、どうかヒメ先輩を――」
――よろしくお願いします――
そう、頭を下げてこの場を離れた。
分かってはいたけれど、訓練された兵士達が泣き叫んで逃げ惑うような存在が今の僕だ。
そう、僕は正真正銘の化け物になってしまったのだ。あの時のように成り行きで人を殺したのではなく、自分の意思で人を殺した。力が暴走したようにも感じたけど、無理に止めようとは思わなかった。
だからきっと、あれは僕の意思だ。
僕は、元の世界で見た、妖怪人間の話を思い出していた。
正体がバレ、居場所を失くす、そんな化け物の話。
彼らを庇っていた人達は、同じ人間から迫害されていた。
僕はここには居られない。殺人者になった僕を知る、人の許で頼る事はもう出来ない。
誰が許しても僕が許せそうにない。
とりとめもなくそう感じながら、僕はその場を去る。
でも。
僕は一体どこに行けば良いんだろう――
行く先は定まらなかった。
2021.0313
妖怪人間のくだりが説明不足と判断し、加筆しました。
あすかの台詞を修正しました。




