譚19 誰か
● 譚19 誰か
姫妻愛。十八歳。性別女。職業——革命指導者
魔導人形との戦いに辛くも勝利した私だったが、反応の鈍くなった体を無理やり引き起こそうとした時、左手の甲に何かが触れ、全く力が入らなくなった。
あまりに意表を突かれた出来事に、呆然と膝から崩れ、地面に這いつくばる。と、近付く人の気配を感じ、その方向からの声を聞いた。
「すまねぇ……オラにはこうするしかなかったんだ」
近付いて来た男が視界に入る。
名前は確か――
――ラドル・ムー。
そう、あの、トゲ猪に襲われそうになっていた、脱走者の男だ。
私は現状を悟ると、口を開いた。
「そうか、君が内通者だったのか」
私がそう呟くと、ラドル・ムーはまるで懺悔でもするかのように言葉を重ねた。
「オラの任務は、あんたを生きたまま捕らえる事だった。だから兵団長に指示されるがまま、麻痺の魔導具を使っただ。この様子じゃあんたはきっと三日は動けねぇだろう。トゲ猪から助けてもらったあんたには感謝してる、でも、オラには任務を放棄する勇気は無かっただ」
ラドル・ムーは尚も続けた。
「ここは良い所だと思う。子供が元気で、女が生き生きとしてる。男達も陽気で良いヤツばっかりだ――でも、オラには家族がいるだ、腹ん中に子供が居るだ。だから逃げる事は許されなかっただ」
ラドル・ムーの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
それはそれは見事なまでの泣き顔だった。
それほどまでに葛藤したのだろう。その事は、ぐしゃぐしゃになった顔が物語っていた。
でも、だからと言って、ここで素直に捕まる訳にはいかない。
私はラドル・ムーに向かって言った。
「そうか。じゃぁ、私と同じなのだな……」
そう、私にも守るべき者がいる。仲間がいる。
何年も一緒に過ごした血の分けた肉親より、よほど家族と呼べる仲間がいる。
さっきよりは僅かだが、指先に力が入るようになっていた。
何とかしてポーチの中にある治癒の魔導具さえ使えれば、戦えないまでも動くことは出来るはず。
動かない体を無理に動かす。ジワリとだが腕が持ち上がる。
その時、ラドル・ムーとは別に、人が近付く気配を感じた。
近付いた気配は無造作に、私の頭の上から声を吐く。
「捕らえたか。ご苦労だった」
その声の主は、私を絶望の淵に追いやるに十分な存在だった。
「へ、兵団長……」
ラドル・ムーのその言葉に、私は驚愕を覚えずにいられなかった。
いま、兵団長と言ったか? つまりは『百人殺し』の事か。
『百人殺し』は続ける。
「何をそんなに泣いている。此度の英雄が台無しだぞ」
ヤツは快活に、それでいておどけながらラドル・ムーを褒め称えた。
私は現状を理解するべく思考を巡らせた。
今、ヤツは、正面門から入って来たのか?
じゃぁ正面に居たやつらはどうなった?
リーネは? オーヴェは? まさか全滅したのか? いや、そんな事は無い、全滅するにしてはあまりに早すぎる。とてもこの短時間で崩せるような戦力じゃなかったはず。
じゃぁこいつは何処からやって来たんだ?
その時、聞きたくない『音』が現れた。
その『音』は、私をさらに絶望へと追いやった。
キチキチキチキチ
キチキチキチキチ
無機質な機械音が耳に響いた。
魔導人形だ。
しかも二体。
(クッ……)
己の不甲斐なさを悔やみ、ギュッと目を瞑る。
状況を理解できた。
『百人殺し』は私が西門へ向かうと最初から予想していた。
その上で、私のいなくなった正面門に、魔導人形二体による突貫を行ったのだ。
魔導人形の存在に不意を突かれたリーネ達は、対応が追い付かず、門を突破されてしまったのだろう。
完全に私の采配ミスだ。
敵の兵力を想定しきれなかった。私の失敗だ。
あの時、何故? 魔導人形は一体だけだと思い込んで戦ってしまったのか?
複数存在していることを想定していれば、まだやりようはあったはずだ。
それこそ正面門の罠を発動して、塞いでしまえば良かったのだ。
臍を噛むような悔しさを噛みしめていると『百人殺し』は終わったと言うような口ぶりで言った。
「それにしても、一人で魔導人形を倒すとは、敵ながら恐れ入る」
その言葉を聞いて私は思った。
いや、まだだ。まだ、こいつの首を取れば戦況は一変する。
おあつらえ向きに、敵の大将自ら足を運んでくれている。しかも、私が動けないと思って気を緩めている。
これはピンチではない、チャンスなんだ!
「うおおおおおぉぁあぁっ」
私は気合と共に腕を動かすと、ポーチの中から魔導具を取り出す事に成功した。と、即座に発動。緑の光が私を包み、麻痺が抜けていく。
動くようになった身体を、最後の力を振り絞って即座に跳ね上げ、油断している『百人殺し』の喉笛に手刀を突き立てた。
――はずだった。
「ほう、まだ動くか、その執念感服する」
耳元で囁く声が聞こえた。
貫いたと思った『百人殺し』の喉は、煙のように目の前から消えていた。
状況を認識する間もなく、右肩と右膝に激痛が走る。
重力に逆らえず、私はまた、地面に這いつくばった。
力なく倒れこんだ私に向かい、『百人殺し』は追い打ちの言葉を吐く。
「『殺すな』とは言われているが、『四肢は無くとも構わない』とも言われている」
右足の膝から下が切り離されていた。
右側の肩の付け根から先が切り離されていた。
痛みと共に力と血が抜けていく。
もう、まともに動く事は出来ない。
全てが終わったと私は悟った。
切り離された痛みを感じながら、私は悔し涙を流した。
幼い頃からずっと一人で頑張って来た。
誰にも頼れず、泣くことも許されず、一人でやるしかないと頑張って来た。
そんな中、初めて一緒に居たいと思える仲間が出来た。
なのに、雷一つですべてが消えた。
神様に奪われてしまったと知った。
だから、この世界では、また奪われないようにさらに努力した。
領主にも神にも奪われないように、さらに努力して来た。
でも、もう駄目だ、こんなに頑張ったのにまた奪われてしまう。
お願いだ。
誰か――
誰か助けて――。
悔し涙で地面が滲んでいくように、私の意識は遠のいて行った。
あまりの痛みと疲労が、私に意識を失わせたのだ——。
姫妻愛。十八歳。性別女。――戦闘不能。




