譚18 襲撃 裏
● 譚18 襲撃 裏
ラドル・ムーは、クリストフ辺境伯領私設兵団に入隊した事を、既に後悔していた。
ちっぽけな空間ではあるが、この楽園とも呼べる光景を見て、いったい何の為に自分は戦っているのだろうと疑問に思っていた。
今までの自分は、王国の、或いはこのクリストフ辺境伯領の、ルールに恭順しない不届き者達を懲らしめる事が、領民達の幸せに繋がると信じていたのだが、ここの住人達を見て思った。
自分の住んで居る村では、こんなに元気に子供達は笑わない。
もっと無表情に立っている。
女達もそう、道端で噂話などしようものなら、巡回の兵士に目を付けられて、処罰を受けた者さえいると聞いた。
だから妻には表でしゃべるなと言いつけていた。
あんなにおしゃべりの好きな女に向かってだ。
これで幸せと呼べるのだろうか?
もちろんルールを守る事は必要な事ではあるとは今でも思ってはいる。が、やはり、疑問に思ってしまう。
日が昇ると共に戦闘が始まった。
ラドルは人目を盗んで家屋の隅に身を潜めた。
兵団長からの連絡では、戦闘の終盤に西門へ急襲を掛けるとの事だ。きっと『岩投げ』はおびき出されるだろう。
そう記されていた。
ならばそのチャンスを狙おうと、身を潜めたのである。
一時間後、重いものが崩れる音と地響きがして、北の門が塞がれたとラドルは知った。
更にその三十分後、何かがぶつかる大きな音がして、西の門へと続く狭道から土煙が上がり、これが兵団長の言っていた急襲だと理解した。
意を決して虎の子を準備するラドル。
虎の子とは麻痺呪文を施した魔導具の事だ。
『岩投げ』を無力化する為に持たされた魔導具。
これを潜入時に見つからないようにと、ラドルは腹に傷を作ってそこに埋めていたのだ。
埋めた後、治癒の魔導具でその傷を塞ぐのだが、やはり、かなり痛い行為には違いなく、できれば今回限りで遠慮したいとも思っていた。
だが、あれ程ずさんな身体検査だと先に知っていたならば、こんな痛い思いを二度もしないで済んだだろうとラドルは愚痴をこぼした。もちろん『埋める』のと『取り出す』のとで二回だ。
西門の急襲からしばらくして、狭道から交戦中の兵士たちが次々と出て来る。その中にラドルは見慣れないものがいる事に目を見張った。
あれは――
――魔導人形。
戦場の悪夢と謳われしモノが、目の前で蠢いている。
これが兵団長の用意した秘策だと今更ながら気付く。
だが、こんな敵国の軍事機密の塊みたいな代物、領主様は良く手に入れたと恐怖する。
やはり、あの方に逆らってはいけない。逆らえば、何をされるか分かったもんじゃない。
次々とレジスタンスの兵が倒れ、トドメを刺されていく。噂通りの化け物だった。
ラドルは不快感を覚えながらその光景を見ていた。
人形に敵味方の区別はつくのだろうか?
なら、潜入している自分はどちらに認識されるのか?
自身に危害が及ばないか? などと不安に駆られた。
隠れながら成り行きを見ていると、兵団長の読み通り『岩投げ』が姿を現した。
次々と土嚢を投げ侵入してきた兵士達を倒している。
こちらも噂通りの化け物。トゲ猪を殴り倒した時も驚いたが、今見ても、あの華奢な体のどこにあんな怪力が潜んでいるのか不思議だった。
そしてとうとう化け物同士の戦いが始まる。
ラドルはその光景を見守りながら、麻痺の魔導具を準備する。
目にも止まらぬ速さで、攻防が始まった。
何が行われたか分からなかったが『岩投げ』が一旦距離を取った。
距離を取ったと思ったら、今度は武闘家のごとく拳を構えた。
再び両者がぶつかり合う。今度はグワンと本当にぶつかった音がする。が、その音の後、流れるように絡みついた『岩投げ』が、魔導人形の右腕をもぎ取った。
これは凄い……あの戦場の悪夢を相手に、あそこまで戦えるなんて――心の底で感嘆の拍手を送る。
しかし途端に『岩投げ』が苦悶の声を上げ、再び距離を取る。
脇腹を抑えているところを見ると、どうやら魔導人形に刺されたのだと理解する。
いつの間に刺されたのか? 不思議に思っていると、三度両者がぶつかり合う。だが、刺されたのが効いているのか、『岩投げ』が防戦一方だ。
領主様には生きたまま連れて来いと言われていたのだ。
このままの調子じゃ殺されてしまうのではないだろうか?
不安に思っていると、突然勝敗が決したようで魔導人形の動きが止まった。
断末魔を上げるがごとく、魔導人形は機械音を響かせると、糸の切れた操り人形となって地面に崩れ落ちた。
勝っちまいやがった――。
肩で大きく息をしながら『岩投げ』は魔導人形を見下ろしている。
驚きのあまり、しばしの間、呆けたが、絶好のチャンスなのは間違いない。
ラドルはそう思ったが、それと同時に、魔導具を持つ手が震えた。
今ここで魔導具を突き立てれば『岩投げ』は麻痺して立てなくなるだろう。あれだけ疲労しているのだ、きっと三日は動けなくなるはずだ。
でも、本当に突き立てて良いのか? 本当に良いのか?
猜疑心にとらわれる。
『岩投げ』はこの村の守り神だ。実際、自分もトゲ猪の脅威から身を挺して助けてもらっている。
本当に良いのか? 本当に? 本当に……。
その時、領主様に念押しされた時の記憶がよみがえった。
あの優しかった領主様が豹変したあの時の眼を——。
そうだった。任務に失敗すれば、自分は無事では済まなかったのだった。
殺さずに、生かして連れて帰らなければ、自分が殺されてしまうのだった。
他人の事を考えてる場合じゃない。恩人とは言え、昨日今日会ったばかりの人間だ。
自分には守るべき妻も、産まれ来る子供もいるじゃないか。
いや、でも、しかし——。
――そして、ラドル・ムーは考えるのを止めた。
どうせ自分の頭では、考えても答えが出ない事を悟った。いや、開き直った。
だから運命に委ねる事にして、責任を転嫁したのだった。
ラドルはすぐさま目を瞑り、魔導具を投げた。それで麻痺が発動するなら『岩投げ』の負けだ。『岩投げ』は運命に負けるのだ。
解き放たれた、麻痺の魔導具は、まっすぐに『岩投げ』と呼ばれる女に向かって飛んだ。そして力なく下ろされていた、左手の甲に当たって効果を発動した。
もし、これが、僅かでも角度が外れていたならば。
もし、これが、あと数秒でも遅れていたならば。
もし、これが、皮膚ではなく革鎧に当たっていたならば。
きっと違う結果になっていただろう。
とたん膝から崩れる『岩投げ』
その光景をラドルは見届けると『岩投げ』の傍に近寄って、まるで懺悔をするかのように呟いた。
「すまねぇ……オラにはこうするしかなかったんだ」
考えるのを止めた彼には、どうする事が最善だったのか、知る資格は無くなった。




