譚13 新たな任務
● 譚13 新たな任務
ラドル・ムーは、この、クリストフ辺境伯領私設兵団に入隊できた事を、さらに誇りに思っていた。
――この時までは。
自宅待機を命じられて翌日、再び執務室に呼び出されたラドルは、跪いて頭を垂れていた。
目の前には我らが私設兵団長ハイルマンの姿もある。
頭を垂れているとしばらくして扉が開く。
入って来たのは敬愛すべき主君、アルベルト=ファーロイド=クリストフ辺境伯領主様その人である。
領主様はラドルの前に立つと、ハイルマンに合図を送る。それを機に、ハイルマンがラドルに顔を上げるよう告げると、ようやく本題に入るのだった。
領主様は、いつもの優しい口調で穏やかに告げる。
「任務を伝える前に一つ聞きたい。君は『岩投げ』の事をどこまで理解しているのかな?」
唐突な問いかけに、ラドルは一瞬たじろいだが、ハイルマンの
「知りうる限りの事を素直に話せば良い」
との介添えの言葉に、姿勢を正して答えた。
「は。ちょうど私が入隊する直前の出来事であったと聞いております。当時、討伐に向かった屈強を誇るトレイブ副団長を含む精鋭三小隊、計十五名を殺害。その後逃亡し、レジスタンスを名乗り、盗賊集団を組織した、現在もなお被害の及ぶ怪力の怪物——と」
「……ふむ。それだけか?」
ラドルの返答が足りなかったのか、領主様は不服を口にした。
傍らにいたハイルマンもラドルに厳しい視線を向ける。
ラドルは慌てると、口にする必要のないと判断していた情報を口にした。
以前先輩兵士と軽口を叩いた時に兵団長に一喝された内容だ。
「あ、あと、その容姿は、見目麗しき淑女の姿にて、人心を惑わせ言葉巧みに操るのだとも――」
その時は『そんなに美人なら一度は見てみたいですね』――などと不謹慎に口にしたので怒られたのだが……。
しかし、それでも不満だったのか、領主様は小さく嘆息すると、指を動かしハイルマンに合図を送った。
ラドルの代わりにハイルマンが情報を重ねる。
「北の狩猟区を中心に、トゲ猪、花兎、黒毛鹿、一角獅子を乱獲。翡翠鱒、虎鮎、虹山女魚、椚茸、等の特産物にも密猟の被害が多数出ております。また、東のテラジウム鉱山と西のミスリル収容採掘所が急襲され、囚人たちが多数逃亡。両施設は現在一時閉鎖にまで追い込まれております」
領主様はまた嘆息すると、ラドルに向かって再度問いかけた。
「この事態、君はどう思う?」
慌てて返事をするラドル。
「は。許されざる悪行の数々、その罪、万死に値するかと」
怯えながらもラドルがそう答えると、領主様は「確かにそうだ」と言った。
しかし、続けて首を数度横に振ると「だが、それだけではダメだ」と冷ややかに続けた。
ゆっくりと、だが確実に、室内が不穏な空気に包まれる。
領主様を中心に、禍々しい何かが溢れ出してくる。
錯覚だと分かって居ても、ラドルにはどうすることも出来ない。ただ睨まれ、怯え、肝を冷やす事しかできなかった。
恐怖の波動を振りまきつつ、領主様は最後の言葉を言う。
「殺すだけじゃぁ、私の気が済まないんだよ。分からないのかっ!!」
この時、ラドル・ムーは、この、クリストフ辺境伯領私設兵団に入隊した事を、初めて後悔した。
ただ、睨まれているだけでどんどんと寿命が削られていく。
あの、穏やかな笑みを浮かべる領主様はどこに行ったのか。
今、目の前にいる鬼とも悪魔ともつかないこの化け物は、いったい誰なのか?
寿命を削られつつも、ラドルは逃げ出す事が出来なかった。
息が圧迫され、魂の奥からの震えが止まらない。
そんな中、兵団長ハイルマンが高らかに告げる。
「これより、私設兵団兵士、ラドル・ムーに対し、新たな任を申し付ける!」
ハイルマンから宣告された任務の内容は――
――レジスタンスの拠点への潜入工作だった。




