譚12 異変と少年
● 譚12 異変と少年
ヒメ先輩の独白が終わると、見計らったかのようにディックが薬を持って入って来た。いや、実際タイミングを見計らっていたのだろう、なんせかなり長い独白だったから。気分的には読み切り漫画を読んだつもりが、蓋を開けたら短期集中連載の漫画だったくらいの感覚だ。
一体誰の責任だ。ちゃんと誤っておきなさいよ天の人。まったく。
ディックが入って来るのと入れ替わりに、ヒメ先輩は出て行った。話し始めた時よりは、まだ、気丈に振舞っていたけれど、部活の時のような明るさは取り戻せていなかった。
まさか、ヒメ先輩が人を殺していたなんて……幻のような現実を突きつけられる。
話を聞く限り正当防衛である事には違いないし、僕も成り行きとは言え人を殺してしまった。同調して慰めてあげたいけれど、本当の事を言うのは、やはり怖い。
僕とヒメ先輩とでは決定的に違う点が一つある。
それは扱いの違いだ。
ヒメ先輩は英雄的扱いをされたのだけど、僕は化け物的扱いを受けた。
あの時のジージとルーの眼はただの怯えた眼ではなかった。逃げて行った憲兵の怯え方は、まるでこの世の禁忌に触れたような、そんな怯え方だった。
『赤の死神』はそこまで忌避されるものだと予想できる。軽々しく口にしない方が賢明だろう。ヒメ先輩だけならともかく、現地の人、例えばディック何かに知られたとしたら、どういった態度を取られるか分かったもんじゃない。
それはそうと、ヒメ先輩の話に中に、いくつか気になる点があった。
ディックが居るから声に出さないで置くけれど、一つは、ヒメ先輩がこの世界に転移してきた時の状況だ。確か光に包まれて――とか言ってたっけ。
だとしたら、何かに守られて転移して来た事になる。
つまりは、誰かの意思で連れて来られたって可能性が高くなる。
いったい誰が? 何の為に? 何故一年も、僕と先輩の転移時期に差があるんだろう?
教典の内容と酷似してると言ってたから、その辺を調べてみたら何か分かるかも知れない。
それと次に、先輩の光る拳の事。
僕の書いたシナリオのシーンと同じだったと言っていた。
魔法の呪文が一字一句変わらなかった事と、何か関係があるようにも思えるんだけど、正確には大きく違うかも。
シナリオの中では呪文を唱えて強化魔法を発動したはずだけど、ヒメ先輩は怒りの感情で発動したと言っている。
無詠唱魔法? とんでもない。
無詠唱なら魔法のイメージと魔力の流れをキチンとコントロールしないといけない。でないと考えるだけで魔法が発動して、暴発事故がそこかしこで起こるはず。
だとすると、残る可能性は魔道具などの刻印魔法だけど、聞かされた状況からも、やはり違う気がする。
と、なると、新形態の魔法? それともヒメ先輩が気付いてないだけで、体のどこかに魔法陣が刻み込まれていたりする?
そう考えると、ちょっとカッコいいかも。ぜひとも先輩には『くっ……封印した暗黒竜の能力が暴れている!』とか演って貰いたい。
脱線はともかく、これが最後になるけれど、噂の広まり方が早すぎるように感じる。
いくらヒメ先輩が、美人な生き神様として評判になったからとは言え、噂を聞きつけ、人を募集し、襲撃計画を立て、実行――なんて、一週間やそこいらで出来るものなのだろうか。
元の世界のように、SNSでバズった、とかなら分かるけれど、ネット環境もないこんな世界で、ここまで早く情報が伝わるなんて、やはり、誰かの意図が働いていると考える方が納得できる。
僕達を異世界に転移させた誰かの存在は、警戒しておいた方が良いかもしれない。
ここまで考えをまとめ終えると、ディックが薬を渡してきた事に気が付いた。
全部で十粒。朝顔の種のような黒い粒を掌に渡される。
反対の手にも、水の入ったコップを渡され、一気に種を口に含もうとした時、
「ちょっおいっっ! 待て待て待て待てっ!!」
慌てた様子のディックに手首を掴まれ阻止された。
不思議に思い首を傾げると。
「おまえっ! 全っ然、聞いてなかったのかよ! 死ぬぞ!!!!」
と、怒鳴られた。
ごめんなさい。ヒメ先輩の事が心配で考え事をしていたので聞いてませんでした。
素直に謝ると、ディックは大きな溜息を吐いてから、
「じゃ、もっかい説明してやるから、今度はちゃんと聞いとけよ」
そう言って説明し直してくれてた。甘々ですなディックたん。こんな調子じゃヒメ先輩の尻に敷かれっちまいやすぜ。ひっひっひ。
はい。ふざけるのはこれ位にして。
まず、この朝顔の種みたいなの、正式にはメリダの花の種というらしい。
ツグサの毒を打ち消す効果があるのだけれど、過剰に飲み過ぎると急激に筋肉が固まって硬質化してしまうらしい。
なので、飲み方として、一粒ずつ飲んでいくのだそうだ。
一粒飲んで二分待つ。
特に変化がなければ、もう一粒飲んで二分待つ。
それを繰り返していくと、急激に睡魔に襲われるので、そうなれば飲むのを止め、あとは睡魔にかまけて起きるまで寝ていれば、晴れて全快おめでとう。と、言う塩梅らしい。
ツグサの毒の進行具合で、飲む量が変わるので、こんな飲み方をするのだそうだ。
ちなみに、ツグサの実を食べていなければ、いくら飲んでも全く反応がないらしい。
うん。自然とは不思議に満ちている。
今度は、言われたとおりに種を飲んでいく。
僕が間違えて飲まないようにと、ディックは飲み終わるまで付き添ってくれた。やっぱり甘々。
五粒ほど飲んだところで、急速に睡魔が襲ってくる。
危うく水の入ったコップを落としそうになったのだけど、ディックがうまく支えてくれた。
介添えされた状態で、横になると、ディックが毛布を掛けてくれた。
「すみません……ありがとう…ございます――」
眠くてうまく呂律が回らないままにお礼を言うと、ディックは、
「あぁ、安心してゆっくり休め、起きたらすぐに飯にしてやるよ」
そう言って部屋を出て行った。
僕は眠りに落ちながら、
顔に似合わず意外といい奴だ、ヒメ先輩が気に入る訳だ。起きたら先輩の弱いところを教えてやろう。きっとお似合いの二人になる……はず……。
そんな事を考えつつ、深い眠りについた。
そして、どれほど眠りこけたか分からないけれど、目が覚めたら——
――辺りは火の海となっていた。
2021.03.18
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