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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚11 姫妻愛 後編

 ● 譚11 姫妻愛 後編



 目が覚めると知らない天井が見えた。ぼんやりする事、数秒、即座に嫌な想像が脳内をめぐり、身を強張らせた。


 まさか、誘拐された!? 


 こういう時、慌てて飛び起きてはいけない。取り乱し、暴れるのが一番犯人を刺激してしまうのだ。下手をすればそのまま殺されてしまう可能性もある。姫妻に引き取られた当初、誘拐された事を想定して、最善の行動が出来るようにと教えられたのだ。――に、してもSPは何をやってたんだか――いや、学校内では目が届かないか……それに撮影の為にスマホも手放していた。完全に隙を衝かれた。


 現状と共に辺りを伺う。


 手錠無し。足枷無し。着衣有り。室内に見張り無し。カメラ――無し。靴、ベッドの脇に有り。家屋、木造。扉一つ、窓一つ――って窓開いてんじゃん。


 よく見るまでもなく、窓にはガラスの類は一切嵌め込まれておらず、開いたままとなっていた。ログハウス等で使われるような、添え木で垂れ下がった板を固定する簡素な窓。

 緊迫感が一気に抜ける。これならいつでも逃げ出せる。

 一応疑って、窓の外は崖、みたいな、抜け出せないような仕組みになってるのかと思い、近付いて確認してみたが、そのような事は全くなく、すぐそこに雑草の生えた地面が見えていた。周囲の景色も山間の穏やかな農村としか例えようのない風景。


 やっぱり拍子抜け――いや、ちょっと違うかも。もう一度気を引き締め、リアル間違い探しを始める。


 あの道を歩いて来る農婦の引いている動物。あれはどう見ても牛や馬じゃない、恐竜と呼ぶのが近しい動物だ。そう。パキケファロサウルス。博物館で見たあの小型の草食恐竜の姿にそっくりだ。


 飲み込み難い光景に、こめかみに手を当て考える。


 こんな生き物、今まで見たことがない。見分を広める為に色々な国に行ったけど、象でもなければ水牛でもないラクダでもない――いや、よそう。答えは出てるんだ。早く切り替えて考えないと対応できなくなる。


 私は結論を出した。


 そう、私は異世界に来てしまったのだ。きっと撮影中に落ちた雷。どういった原理でそうなったかは分からないけれど、あれが原因で時空を超えてしまったのだ。

 ここに来たのは私だけだろうか? 眞上紫乃(ぶちょう)は? タカは? あすかは? みんな無事だろうか? 今、この場にいるのは私だけ——。


 ここまで考えを纏めた時、部屋の扉が開いた。

 私は再び気を引き締め直すと、警戒を強め成り行きを伺った。

 扉からは、老婆がゆっくりと入って来る。

 真っ白な衣に真っ白な長い髪、その頭上には司祭などが被るカロッタが乗っており、手には大仰しい杖を携えていた。

 老婆は、私が起き上がっている事に気付くと、ノタノタと、それでいて慌てた様子でその場に跪いた。


 「お目覚め何よりでございます。このようなあばら家しかご用意できぬ不甲斐なきを誠に申し訳なく思いますれば、寛容なる御心にてご容赦いただきますようお願い奉ります」


 言葉も大仰しい。

 老婆は続けた。


 「御使い様のお口に合うか分かりませぬが、ささやかながらお食事の準備が整ってございます。お望み頂けるのであれば、すぐにでも御許までお運びいたしまするが——」


 ちょ――――っと待て。今、御使いとか言ってなかったか? それって神様の使者って意味だよね? つまりは天使って意味だよね? 

 私の背中には羽なんぞ生えとらんぞなもし……。


 いったいどう言う状況になればそんな勘違いが生まれるのか? こういう時って精々『やぁ、お嬢ちゃん気が付いたのかい、ここは○○王国の辺境に位置する○○村さ、ひっひっひ』くらいが妥当なんじゃないの? 考える程に頭が痛くなってきた。宗教団体を相手にするなんて、私が読んだ誘拐対応マニュアルには載ってなかったよ――。


 老婆は頭を下げたまま、私の返事を待っていた。あまり迷っている時間もない。これ以上時間を掛ければ変に怪しまれてしまう。

 どっちにする?。

 乗るか?

 反るか?

 ……。


 ええい、どうとでもなれ!

 意を決すると、私は老婆に言葉を返した。


 「食事は頂こう。が、その前に一つ尋ねたい事がある。どういう経緯で私はここに居るのか教えて貰えると有難い。寝覚めの所為かどうも記憶が曖昧なのだ」


 私は天使の話に乗ることにした。とにかく情報が欲しい。その一点から天使の真似事をする事にしたのだ。どんな判断をするにせよ情報がない事には決められない。無駄だと思えるような事でも集めておいて損は無いのだ。それならば、老婆の話に乗っかって、天使の真似事をした方が集めやすいと言うものだ。

 記憶が曖昧と言っておいたので、多少の事は誤魔化しが効くだろう。


 老婆は深く頭を下げると、さらに大仰しく、これまでのいきさつを話してくれた。


 「日が沈み、双生の月が昇る頃に御座いまする。茜色と呼ぶに相応しき天空より、一閃の霹靂が轟音を携えて顕現致しますれば——」

 

 ――クドい。

 かいつまんで要約するとこういう事になる。


 夕方、大きな音と共に雷が落ちたので見に行くと、そこに、光に包まれた状態で私が倒れていた。教典に記されている天使の降臨と酷似していたので、これは天使様に違いないと、急いで村の(かんなぎ)たるこの老婆の家に運び込んだ。と言う事だった。おしまい。


 たった数行の内容を、よくもまぁ捏ね繰り回して長々と喋り倒したもんだ。どのくらい時間が経ったか正確ではないけれど、体感では三十分はあったのでは? と、感じられた。

 今後もこのような話し方をされては身が持たないので、


「祝詞のような話し方は勘弁してくれ、せめて敬語程度にしてくれないか?」


 と、頼んだら、老婆は少し残念そうな顔をして了承してくれた。

 もしかして、(かんなぎ)として勉強した成果を発揮しようと張り切ってたのかな? もしそうなら悪い事をした。


 その後、食事をしていた時から気になり出したのだが、目が覚めて以来、村人達が入れ替わり立ち代わり部屋を覗いていくようになった。

 その中で、『現人神(あらひとがみ)』とか『神子(みこ)様』などの単語も聞こえて来るようになり、拝んでいくものまで現れた。あと『えらい別嬪じゃのう』とも。

 はいはい。お爺ちゃん、ありがとね。


 三日目も過ぎればさらにエスカレートして、老婆の家を取り囲むくらいの人垣が出来るようになっていた。現人神を一目拝顔しようと近隣の村から噂を聞きつけてやって来ているのだそうだ。


 まるで動物園のパンダの気分。


 しかし、訪れた者達が、お布施やらお供え物などを置いていくので、自分の食費と宿代を稼いでいるのだと思って我慢しようと思った。現金な神子様でスマン。

 

 一週間が過ぎた。相変わらず見世物的な状態は変わりないのだけれど、それよりも気掛かりなのは、目当ての情報が一切入って来ない事だった。

 大切な仲間達の情報。

 婆やには訪れた者に尋ねるように頼んでおいたので、都度報告は来ているのだが、それらしき人物の情報は全く入って来なかった。不安が募る。こっちに来てしまったのは私だけなのだろうか? それとも、もっと遠くの地に飛ばされてしまったのだろうか?


 そんな焦りとも諦めともとれる不安を抱えだした夜。事件は起こった。


 地鳴りのような響きと、騒がしさに目を覚ますと、慌てふためいた婆やが部屋に飛び込んできて叫んだ。


 「ヒメ様お逃げ下され! 野盗に御座いまする!」


 私は瞬時に理解して飛び起きた。武器になりそうなものを探し、窓の扉を支える棒を手に取って握る。

 元々が民家の一室でしかない部屋を、布等で飾り立てていただけなので、秘密の通路と言った抜け道は無い。それと、私自身、日本と言う平和な国に生まれ住んで居た為に、野盗の襲撃などと言う状況を全く想定していなかった。護身の(すべ)を準備していなかったのが悔やまれる。せめてナイフくらいは用意すべきだった。

 無いよりマシ程度の棒を固く握り、婆やの手を引き外に出る。と、時すでに遅く、数人の男達が行く手を阻んだ。

 二つの月に照らされて、見えたその男達の姿は、正に蛮族。その真ん中にいる男はひと際大きく、巨漢と呼ぶに相応しい。盛り上がった腕の筋肉は私の腰くらいの太さがあって、頭の二つも三つも高い位置から私を威圧した。

 いくら私に護身術の心得が有るとは言え、こんな野蛮人(ゴリラ)に通用するとは思えない。戦車に拳銃で挑むようなもの。勝ち目どころか、無駄な足掻きにすらならないだろう。


 巨漢の男は、右手に持った蛮刀を肩に担ぎ直すと、下卑た笑みを浮かべて言った。

 

「おお~居た居た。噂以上にべっぴんじゃねぇか。」


 ゾクリ。

 悪寒と共に恐怖が支配する。その恐怖の為に思考が鈍り立ち尽くす。

 こいつの目的は金品ではない、私自身の体だ。きっと私の噂を聞きつけて、慰み者にする為に襲撃してきたのだ。こんなところで私の純潔が散らされるのか? 十七年、今まで耐えて来た全てを、こんなヤツに踏みにじられると言うのか? でもどう対応すれば良い? どうすれば……。

 いくら考えても良い案など浮かばない。周囲からの助けも期待できない。

 棒を握る手が徐々に震え始める。カチカチと歯の奥が小さな音を立て始める。


 恐怖の涙で男の顔が滲み始めた時、


 「ヒメ様お逃げ下され! 早うお逃げ下され!」


 婆やが男に飛び掛かっていた。

 だが、結果は分かり切ったもの。僅かの足止めにもなりはしない。


 男は、腰にしがみ付いていた婆やを、いとも簡単に引きはがすと、


「邪魔だ、ババぁ退きやがれ!」


 と、まるで小枝でもへし折るかのように殴り飛ばした。


 「婆や!」


 私の叫びも虚しく、婆やは宙を飛ぶ。殴りばされた婆やの体は、道の脇に鎮座する背の低い岩にぶつかって、声にもならない呻きを上げ動かなくなった。


 ドクン。

 心臓が大きくはねた。


 ドクン。

 沸々と怒りが込み上げてきた。


 ドクン。

 怒りが濁流となって全身に溢れ出してきた。


 男の手が伸びてくる。

 「ババぁ見たいになりたくなかったら、大人しくしてな」


 その台詞を聞いた瞬間、私の怒りは爆発した。



 「触るな!!!!!」



 叫ぶと同時に男の手を払いのける。と、男は大仰に仰け反った後、


 「このアマ……大人しくしやがれ!」


 再度掴みかかって来る。


 この時、男の動きが止まって見えた。恐怖はすでに感じなくなっていた。集中力が高まると、時間が止まったように感じる現象があるという。一流のアスリート達が、ゾーンと呼ぶ現象だ。怒りで我を忘れていた私も、きっと同じ現象になっていたのだろう。私は男の腕を難なく掻い潜ると、ガラ空きになった腹部に渾身の一撃を喰らわせた。

 男の体に拳がめり込んでいく。めり込んだ拳から波を打つように力が加わって、男の体を破壊していく。

 皮が裂け、肉が弾け、内臓が散り、骨が砕ける。

 実際の時間にして瞬くほど――いや、刹那と言った方が良いだろう。私にはゆっくりと見えて飛んだ血や肉片も、周囲からは破裂して飛び散ったかのように見えていたようだ。


 殴り終わって呆然とする。

 いったい何事が起こったのか? と。


 周囲もそうだが、私も大いに驚いていた。今、目の前にある男の体には大きな風穴が空いて向こう側が見えていた。こんなの、いかな武術の達人とは言え出来る結果ではない。

 自らの拳に目を落とすと青白く光って揺らいでいた。

 この状況――そう言えば、あすかの書いた台本に載っていた状況に似ている。私が演じるはずだった女の魔導士が、近接戦闘用として使った身体強化の魔法。そのシーンに似ている。

 いやまさか……でもここは異世界だけど……。


 支えを失って男が崩れていく中、私は婆やの事を思い出し駆け寄った。


 「婆や! しっかりしろ、婆や!」


 声を掛けるが返事は無い。胸に耳を当てるが心臓の音は聞こえて来ない。

婆やはすでに事切れていた。悔しさと悲しさのあまり唇を噛む。


 私が婆やの胸から顔を放すと、周囲で呆けていた野盗の手下達が正気を取り戻し、ここぞとばかりに切り掛かってくる。


 それを私は瞬時に避けると、その頭部を目掛けて一つ、また一つと拳を叩き込んだ。

 次々と首の無くなった死体が出来上がり倒れていく。

 勝ち目がないと判断したのか、残った野盗達が怖れ慄き逃げていく。


 別の場所からは、まだ悲鳴と泣き声が聞こえていた。

 拳の光はまだ揺らいでいる。

 私は婆やの亡骸に振り返り、視界に収めると、「ありがとう」と呟いてから、まだ落ち着かない騒乱へと身を投じた。




 戦禍が落ち着いたのは、日が昇り随分と経ってからの事だった。

 野盗との戦闘は私の介入で、その後半時ほどで収まったのだが、その後の被害の確認、死体と遺体の処理、瓦礫の撤去、等々、事後処理に手間取ったのだ。


 野盗騒ぎの最中、村長が亡くなった事が痛手だった。


 取りまとめる者が居なくなった事後処理は連携がうまくいかず、多様に時間が掛かってしまったのだ。

 結局、私は十人の野盗を殺し、五人を捕らえ縛り上げた。逃亡した人数は不明。

 村の被害は、男が五人、女が二人亡くなり、重軽症者が八人、壊された家屋が十三棟に及んだ。亡くなった女二人の内の一人が婆やだ。

 村人達の遺体は合同葬儀と称し道の端に並べられている。それぞれの胸に花が置かれ、縁のある者達が手を合わせて涙していた。

 野盗の死体はすでに燃やされ始めている。伝染病や死肉を嗅ぎつける猛獣の被害を防ぐために、こう言った死体はすぐに焼却するそうだ。取りまとめる者が不在の中、皆よくやっていると思う。


 私と言えば、横たわる婆やの傍に佇んでぼんやりと拗ねていた。

 悪人とは言え、簡単に人を殺してしまった。そのくせ割と平気でいる自分が、自身で納得できなかった。その所為でぼんやりと拗ねていたのである。

 最初こそ驚いてはいたけれど、その後は何の躊躇いもなく拳を振るった。殴れば死ぬと分かって殺したのだ。まるでゲームでもしているみたいな感覚だった。

 時折、村人から「助けてくださって有難うございました」などとお礼を言われ、必要な行為だったから平気なのだろうか? とも考えたが、それでも、この何とも言えない複雑な感情を、晴らすことは無かった。

 もし、婆やが生きて居たら、何か答えを出してくれただろうか?


 そんな事を考えていると、道の真ん中で騒ぐものが現れた。

 立派な体躯の白馬に乗り、派手な刺繍が施されたジャケットを着た初老の男だ。カイゼル髭にシルクハットと、いかにも貴族と言った風体。護衛と思しき革の鎧を着た御供を二人連れている。

 捕まえた野盗を引き取りに来たのだろうか? それにしては不似合いこの上ない。


 そんな感想を抱いていると、男は言った。


 「村長は居るか?」


 返事は無い。村長が亡くなっているので当たり前の事なのだが、その内容を告げる者さえ出て来ない。ざわつき戸惑っているだけだ。

 仕方ないので私が返答しようとすると、


 「では、神子(みこ)を名乗る者はおるか?」


 どう考えても私の事だ。だがなぜ私を名指しするのか?

 嫌な予感しか湧かないが、答えない訳にもいかない。


 「私だが」と返事して前に出ると、男は「……ほう」と呟いてから口端を上げた。


 値踏みするような視線に晒される。元の世界にいた時からこのような視線には何度も晒されてきたけれど、今は昨夜の襲撃を思い出して、各段気分が悪い。

 それでも引く訳にいかないと、気持ちを奮い立たせて平常を装っていると、男は懐から書簡を取り出してその中身を読み上げた。


 「これより、ラスタニア王国クリストフ辺境伯領主、アルベルト=ファーロイド=クリストフ様のお言葉を申し伝える」


 男は一度咳払いをすると、続きを読み始めた。


 「輓近(ばんきん)神子(みこ)を名乗り、『奉納』とは名ばかりに、金品押収しうると報告有り。我、真偽検める(しんぎあらた)に至り、忠なる臣を派遣せしも、これ(ことごと)くを迫害せしむる行為に義を覚えず。よって、首魁たる神子を名乗りし不逞の輩に終身の隷従を、共謀せし兇徒(きょうと)に対し十年の強制労役を申し付ける」


 男はすべて読み上げると、書簡の記されている面を広げて周囲の者へ見せつけてから、再び丸めて懐にしまい込んだ。


 この一連の行為に、私は呆然としてしまった。


 善良なる領民より金品押収――善意のお供えが?

 忠なる臣を派遣――あの野盗達が?

 迫害せしむる行為――身を守る行為が?

 共謀せし兇徒――自らの危険も厭わず、身を挺してくれたあの婆やが?


 怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。

 私は男に問いかける。


 「野盗を捕らえに来たんじゃないのか?」


 すると男は悪びれもせず、


 「いいや。小職の任に左様な事柄は含まれておらん」




 よ———っく分かった。

 今回のこの騒ぎ、全ては領主の仕組んだ茶番だったのだと、よーく分かった。

 きっと、当初の計画では野盗に私を攫わせて拉致するつもりだったのだろう。だが、予想に反してうまくいかなかった。なので計画を変更。犯罪者に仕立て上げ、性奴隷にでもするつもりだったのだろう。

 まったく。どっちの世界の神様も私には厳しいようだ。ならば答えは一つ。抗って掴み取るしかない。こんな得体の知れないドスケベ共には髪の毛一本たりとてくれてやるものか!


 小娘一人と侮ったのだろう、御供の兵士達はまだ動いていなかった。

 自らの手を見ると、薄っすらと青白い光が揺らいでいた。どうやらこの力、私の怒りに反応して発動するみたいだ。

 私は短く息を吐くと、道端に埋まっている岩に歩み寄り、指を突き立てた。

 小気味良い音を立て、まるでスポンジケーキにでも突き立てたように呆気なく刺さる指。

 周囲からどよめきの声が聞こえる中、私はそれを片手でゆっくりと持ち上げると、男達に向き直って告げた。


 「馬鹿かお前たちは。人の法で私が縛れるとでも思ったか? いったい私を誰だと思っている。これでも神より使命を授かった御使いぞ」


 男達は案の定、私の持ち上げた岩を見て動けないでいた。私は続ける。


 「小娘一人と侮ったか。たった二人の兵士でどうするつもりだ。少なくとも、野盗をすべて殺したのはこの私の力だぞ、分かっているのか?」


 髭の男は怯えながらも主君の命を思い出したのか、兵士達に命令を下す。


 「う、狼狽えるな、早く捕らえろ!」


 ようやくワタワタと動き出す兵士達。

 だが既に私の仕込みは終わっていた。


 「動くな!」


 私が大声を上げて制すると、男達はたじろぎ動きを止めた。その瞬間、男達の目の前にドガンと岩が落ちてくる。

 私は兵士たちが動き出す前に岩を高く投げておいたのだ。まだ不慣れで力の加減が分からず、予想以上に岩は高く上がってしまったのだが、概ね狙い通り、男達の目の前に無事落下した。

 

 ただの演出。

 しかしこういった演出は、時に大きな効果を発揮する。


 岩の落下に驚いて馬が暴れて跳ね上がる。

 御しきれなかった髭の男が落馬して無様な姿を地面に晒す。二人の兵士も異様な出来事に飲まれ動けずにいた。

 立派な馬は走るのも早い、よほど驚いたのだろう、一目散に逃げて行った。可哀そうに。


 立ち上がろうとする男に近付き、睨みつけると、男は引きつった声を漏らして動きを止めた。

 怯える顔に向かって吐き捨てる。


 「お前のご主人様に伝えておけ、『貴様に舐めさせる靴は持ち合わせていない』とな」


 その言葉に、男はしばらく黙っていたが、「分かったか!」と睨みを効かせると、小刻みに、だが渋々に、と言った感じに頷いた。

 私は大いに満足すると「理解したら行け。そしてその汚い顔を二度と見せるな」と告げ、男達を開放した。


 馬の姿は既に見えない。

 腰をさすりながら逃げて行く男達を見ながら、ざまぁみろと心の中で思っておいた。

 ただで済むと思うなよ! 的な捨て台詞が聞けなかったのは非常に残念だが、実際の話、領主に喧嘩を売って本当にただで済むとは思っていない。


 私は村人達に向き直ると言った。


 「皆の者、聞いてくれ。私たちは何も悪い事をしてはいない。しかし領主の陰謀で罪人とされてしまった。このままでは、領主の良いように捕らえられ、強制労働とは名ばかりに殺される事だろう。仮に、今回はうまく切り抜けられたとしても、この地に留まったままでは、同じようなことが繰り返されるだけだ。また、皆を守ってやれると約束出来ない。だから私はこの地を離れようと思う。新たな拠点を作り、準備を整え、領主に抗おうと思う。私と共に抗うと志す者は私に力を貸してくれ。私と共に有りたいと思う者は名乗りを上げてくれ。もちろん強制はしない。」


 私が言い終わると、直ぐに数人の者が手を上げてくれた。口々に、「御子様に助けてもらった」とか「お父の仇を取る」とか言っていた。

 その声を聞き、徐々に人数は増えて行ったが、それでも、今まで慣れ親しんだ土地を捨てる事に渋る者の方が多く、全体の三分の一程度が賛同した頃、手を上げる者は出なくなった。

 全員の面倒を見るつもりでいたがこればかりは仕方ない。

 この地に留まる者も出来る限り助けられるように準備しよう。そう思って括りの言葉を口にしようとした時、背後から声がした。


 「姐さん。それ、俺達も連れて行ってくれねぇか?」


 姐さんって……。

 振り向くと、声の主は縛り上げていた野盗の一人だった。

 そう言えば縛ったまま忘れていた。あの髭男に渡しとけば良かった。


 そんな事を考えていると、左の頬に逆三角の刺青が入っている男が話しかけて来た。


 「俺達五人は野盗なんかじゃねぇ、辺境警備隊として臨時で雇われたんだ、だからこの仕事も最初、領民を村ぐるみで騙してる悪い奴らを捕らえに行くって聞かされてたんだ。でも来てみたら何かおかしいって気付いた。騙されたって気付いた。だから抵抗せずにあんたらに捕まったんだ」


 男はまっすぐ私を見ていた。僅かも目をそらさず続ける。


 「信じられねぇと思うだろうが本当だ。だからもし、このまま戻ったとしても、俺達は口封じの為に領主に殺されるだけだ。それなら、あんたらと一緒に抗ってみたい。だから頼む。俺達も一緒に連れて行ってくれ、きっと役に立つはずだ」


 俄かには信じ難かったが、この男達が何の抵抗もしなかったのは本当だった。私が村人を助ける為に駆けつけた時、この男達は、剣を持ったままではあったが立ち尽くしていたのだ。

 だが、信じるか信じないかは別の話。

 私は少し考えると、この男に一つ尋ねてみることにした。


 「家族はどうするのだ?」


 この返答次第でどうするか決めようと思った。

 仮にこの男が『他に家族はいない』とか『家族には死んだと思わせておいて問題ない』的な事を言うようなら、信頼できないと思っていた。実の家族を放り出す様なヤツに、これから共に戦う仲間を守ろうという気概が起きるとは思えないからだ。

 開放はしても連れてはいかない。そう思っていた。


 しかし、男の答えは違った。


 「今、領主に俺達が生きてると知られる方が危ない。このまま死んだと思われた方が、家族が人質に取られたりしなくて済むだろう。だから、残された家族は、ほとぼりが冷めた頃にこっそりと迎えに行く。少しの間、騙す事になるが、死んだと思ってた家族が生きてた方が何倍も嬉しいだろ?」


 そう言って、ニヤリと笑った。


 良い回答だ文句は無い。

 「分かった。付いて来い」


 私はそう告げると、男達の縄を解いた。


 全員の縄を解き終わると、男は耳打ちをするように尋ねてくる。


 「なぁあんた、全員を連れて行きたいんだろ?」

 「あたりまえだ」

 

 即答で答えると、男は鼻を一つ鳴らして


 「だったら俺に任せとけ」


 男は両手を広げると、大きな通る声で話し始めた。大げさに身振り手振りを付け加えて。


 「いいか、今、手を上げなかったお前ら、俺の話をよーく聞け。今回の件もそうだが、領主の野郎が俺達の事を何とも思ってないのは身に染みて分かっただろう? なのに何故、こんなさびれた土地にしがみ付く。耕しても耕しても、ろくな作物も育たないこんな土地に、しがみ付いてどうすんだ。せっかく御使い様が一緒に行こうって言ってんだ、新天地に行こうって言ってんだ、何を迷う必要がある、お前たちはどちらを信じるんだ? 罪を擦り付けてくる領主か? それとも野盗から身を挺して助けてくれた御使い様か? もう答えは出てるだろ! 一緒に行かなきゃ天罰が下っちまうだろうがよ!」


 男の言葉に、渋っていた一人が名乗りを上げた。それを機に一人、また一人と手を上げて賛同していった。最終的に全員が手を上げた頃には「領主を倒せ!」や「許すな領主!」などと言ったスローガンが掲げられ、シュプレヒコールが沸き上がっていた。


 人とは、かくも過激になれるものなのだと改めて知った。


 沸き上がる歓呼の声に満足して、男は振り向いて言う。


「どうだ、早速、役にたったろ?」


 まるで、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる。

 時代が時代なら、こいつ、独裁者になれるんじゃないか? そう思った。


 私が「随分とハードルを上げてくれたもんだな」

 と、愚痴をこぼすと、


 「ハードル? なんだそりゃ?」

 と、面白い顔をして尋ねて来た。


 まぁ、分からないだろうねぇ「気にするな。神様語だ」

 そう言って、笑い飛ばして背中を叩いた。



 こうして、私達はこの村を離れ、新たな拠点となる隠里を作り上げた。



 領主や警備隊に嫌がらせをしつつ、仲間を集めて勢力を拡大していった。


 そして一年。

 ようやく、かつての仲間の情報を掴み、発見、保護に至る。


 姫妻愛。十八歳。性別女。職業――革命指導者(レジスタンスリーダー)と呼ばれている。




かなり長くなってしまいました。ごめんなさい。

2021.03.13 誤字修正しました

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