譚10 姫妻愛 中編
● 譚10 姫妻愛 中編
眞上紫乃と出会って以来、どうも色々と見方が変わってきたような感じがする。
姫妻の家の事、父の事、継母の事、産んでくれた母の事。あれだけ復讐計画に固執して私と言う人物を、清く正しく美しく磨いて来たというのに、何だかその行為自体が空しく思えてきた。
かと言って、全てを許そうなどと計画を諦めた訳ではない。
相変わらず姫妻の父も継母も嫌いだし、産みの母の墓参りも行ってない。ただ、青春と呼べるこの時期を復讐だけに費やすのが勿体ないように感じるようになった。それだけだ。
なので、時間の許せる範囲で映画研究部の活動に顔を出す様になった。部とは言っても、正式な部ではない。正式な部になるには校則で部員が五名以上必要との記載がある。どちらかと言うと映画研究同好会と言う方が正しい。メンバーも私以外に眞上紫乃と風本隆の二人だけだしね。
――しかし。
何となく、眞上紫乃に弱みを握られたような気がするのは、気のせいだと思いたい。
ちなみに、この風本くん。帰化したばかりであまり日本語がうまくないらしい。うまく話せないのでクラスで浮いてしまったとの事だ。
寂しそうにしてたから、「日本語を練習するのなら、場所を提供してあげるよ」と、眞上紫乃が入部することを条件に引っ張って来たらしい。
おい、それ詐欺じゃねぇの?
可哀想だから本人に教えてあげようと思ったら、
「私、日本語、うまくないです」
あぁ、ごめん。じゃ、英語ならいい? それもダメ? じゃ、フランス語はどう? ダメ? じゃ、何なら大丈夫? スペイン語? イタリア語? 尋ね続けてたらようやく理解したらしく、満面の笑顔で彼は言った。
「ベトナム語です」
ごめん。フィフスリンガル気取って調子にのってました。バベルの塔は作れそうにないです。
敢え無く玉砕し、タカは自力で努力する事となった。
ゴールデンウィークも終わり、中間試験に入ろうかと言う頃、眞上紫乃が新入部員を連れてきた。名前は朱鳥拓郎と言うらしい。
眞上紫乃曰く。偶然拾ったノートが切っ掛けで、彼の創造性に光るものを感じ連れてきちゃいました~との事。
拉致ってんじゃねぇよ。
どうやら映画のシナリオを書かせるつもりらしい。まぁ当然、それ以外もやらされるんだろうけど、とりあえず頑張れよ、あすか少年。
彼は緊張しているのか、照れているのか? 先ほどから、私の事をチラ見しては俯いて落ち着きがない。
さて、どうしたもんだろう。こんなに緊張されてはこっちが落ち着かない。ここはひとつ潤沢な人間関係を構築するためにも、ひと肌脱いでおくと致しますか。
そう考えを纏めると、私はニコリと笑顔を作り、
「よろしく朱鳥くん、機材とか運ぶの大変だから男の子が入って来てくれて嬉しいよ。ありがとね」
と言って、握手をするべく手を差し出してみせた。
同じ部で活動するよしみだ。幼少の頃より千人を魅了した、この愛ちゃんスマイルでもって、その緊張解きほぐしてしんぜよう。よきにはからへ。
しかし、何故だか彼は一瞬ビクッと体を震わせた後、恐る恐ると言う体で手を握った。
なんだこの反応? こんなの初めてだ。
訝しく思っていると、眞上紫乃は一人でケタケタと笑い出し。
「あすか少年。先輩が不思議がってるよ。ちゃんと説明してあげないと失礼だよ」
その言葉に、怯えてへっぴり腰になっていた彼はこう言った。
「す、すいません。なんか、カツアゲされた時と雰囲気が似てたもんで……」
ずい分失礼な奴だった。パシリに使おうと思ったのはこの時だった。どうせタカは日本語下手だしパシらせられないしね。丁度良い。
だが、このあすか少年。かなりの強者でパシリとしては全然役に立たなかった。
ある日、体育で足を捻ってしまい、ケガ自体は大した事が無かったものの、学生食堂まで行くのが辛い事もあって昼食抜きにした。けれど、こういう時に限ってお腹が空いてしまうのがセオリー。淑女としてお腹の音が鳴らないようにする秘術は心得ているものの、空腹感まで誤魔化せるほどの秘術は心得ていない。
放課後、耐えきれなくなって部活に顔を出した時、あすか少年にパンを買いに行って貰うことにした。しかしヤツが買ってきたのは
激辛カレーパン、ハバネロ入り
何の罰ゲームだ。お前が食え。
結局、眞上紫乃にビスケットを貰ったので落ち着いた。
また別の日。七月に入って最初の部活の日。暑さの所為か、眞上紫乃がいきなりパイナップルソーダが飲みたいと騒ぎ出した。そんな代物、残念ながら学生食堂には売ってない。現物があるとすれば学校の裏のコンビニくらいだ。
もちろん、あすか少年に白羽の矢が立ったので、私も便乗して「お茶買ってきて」と五百円玉を渡したら、ヤツが買って帰って来たのは、
特定保健用飲料ゴマ麦茶。
そうそう高血圧が気になるのよね——って、おい。
何だよこのお茶!? ふつうの緑茶買って来いよ!
わざとやってるのかこいつ。だとしたら天才だな。
底知れないヤツの能力に戦慄を覚えたぜ。なんてね。
それでも、あすかはどこか憎めないヤツだった。明け透け無いというか、裏表が無いと言うか……。とにかく何でもストーレートに口にするヤツだった。まぁその所為で、ひと言もふた言も多かったりもするのだけれど。
うん、そう、弟が居たらこんな感じかも。
腹が立つけど憎めない。鬱陶しいけど気に掛かる。うん。しっくりくる。
だから、こいつの前でいつまでもお嬢様を演じてるのがバカらしくなって来て、ある日その仮面を脱ぐ事にした。
その日も蝉がうるさくて、蒸し暑い日だった。部室たる視聴覚準備室は風通しが悪く、窓を全開にしてもかなり暑い。
あすかは団扇を片手にせっせとノートに書き込みをしていた。眞上紫乃から言われたのか赤い文字がところどころ入っている。それを修正しているのだ。私はその隣に腰を下ろすと、
「あすかぁ~暑いから、私もそれで仰いでくれ」
と、言ってみた。
するとあすかは、
「いやです」
きっぱり言う。ってか反応それだけか?
せっかく一大決心――って訳じゃないけど、意を決してお嬢様を止めたと言うのに、肩透かし喰らった気分ですわ。ひじょーに残念ですわ。
そんな意味も込めてそっぽ向いてから「ケーチ」と返すと、数秒してからそよそよと風が流れてきた。ゆっくり振り向いて
「なんで時間差なんだよ」
と、聞くと、あすかは
「いえ、最初は何の遊びかと思ったんですけど、意外と真剣だったようなので」
なんだそりゃ? 意味わからん。尋ねると、
「えーと、つまりはいつもの気持ち悪いお嬢様遊びは止めたって事ですよね?」
「気持ち悪いて……。いちいちひと言多いなお前は」
「だって気持ち悪いじゃないですか。感情とか見えなくて、マネキンとか蝋人形と話してるみたいで怖かったですよ」
「……そうかい。そりゃ悪かったね」
「だから断然、僕は今の方が良いと思います」
「そ、そうかい」
「じゃ、そのうち見れますかね?」
「何が?」
「デレです」
「はぁ!?」
「ツンキャラをやり始めたんですから、次はデレキャラでしょう。責任もってやってくださいよ楽しみにしておきます」
「なんで、そうなんだよ。やんないよバカ!」
「え~良いじゃないですか、見たいです先輩のデレ演技」
「い・や・だ! お前にそこまでサービスする義務はない」
「え~酷いですよ。僕はちゃんと煽いだじゃないですか。等価交換ですよ」
「等価交換の差がデカ過ぎるだろ! やんないもんはやんない」
と、そこで、
「あすか少年。分かってないなぁ君は」
どこからともなく眞上紫乃が現れた。
「眞上紫乃! どこから湧いて出た」
「湧いて出たとは失礼な。さっきから居ましたよ」
「さっきっていつだよ」
「『見たいです先輩のデレ演技~』くらいからですかね」
「十秒と経ってないじゃないか!」
「ぶちょう。デレってなんですか?」
今度はタカかよ!
「ほらみろ、またタカが変な日本語覚えるだろ!」
「デレって何ですか?」
「タカ! そんな言葉覚えなくて良いの!」
「え? どうしてですか? ぶちょう言いました。分からない事あれば聞く一時の恥」
「タカ先輩。デレと言うのはですね——」
「あすか! 教えなくていいって言ってんだろ!!!」
こうして、賑やかな時間が私にも訪れるようになった。
本当に狭くて小さな空間だけど、自分でいられる大切な場所となっていた。
でも、あの雷で、全て消えてしまった。
私が目を覚ましたのは、山間にある小さな村の一室だった。




