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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚1 異世界と少年

● 譚1 異世界と少年


 気が付いた時、僕は知らない場所にいた。見知らぬ場所で倒れていた。


 生い茂る木々。切り立った岩肌。轟轟と音を立てる大量の水は、その岩肌を滑り落ち、まさに、瀑布と呼ぶに相応しい様相を作っていた。


 辺りを見回す。

 誰もいない。

 ゆっくり立ち上がってもう一度――って、


 「――どこだよここ」


 思わず口を付いてしまった。

 それもその筈、瀑布たる滝を見上げたその先に、元居た世界には有り得ないものが見えたからだ――。


 ――二つの月。


 数も倍なら大きさも倍。煌々と輝くそれらは、倒れた雪だるまのように仲良く並んでいた。


 呆気に取られること数秒。受け入れ難い現状に脳の処理が追いついていかない。

 滝の音がうるさく響く。水辺特有の湿り気を帯びた風が首筋を撫でていく。


 (……これって……まさか……異世界転移――いや、いやいやいや)


 否定をしてみるが目の前の光景がそれを許さない。

 自分に落ち着けと言い聞かせ、尚も辺りを見回す。


 左、右、背後、足元、滝の上の方――。


 ――変わらない。


 もう一度――変化なし。


 まるでリピート再生のように何度も確認作業を繰り返した。変わるはずのない光景に諦め悪く繰り返した。と、その中で、少しばかりの変化があった事に気付く。視界の端にゆらりと動いた黒い影。良くない前兆だとばかり『ゾクリ』と悪寒が走った。


 恐る恐る目を向ける。

 獣の姿。

 大型の肉食系。

 牝ライオンによく似ているが、額から生えた一本の角がそれを否定した。あえて呼ぶなら一角ライオンってところだろうか。


 一角ライオンは低い姿勢からスピードを上げて近づいてくる。と、直前、唸りと共に大きく口を開いて飛び掛ってきた。


 (ウソだろっ!やばい、やばいやばいやばい!!)


 本能が警鐘を鳴らす。が、恐怖で体は動かない。眼前に迫る鋭い牙。引きつった悲鳴が自然と発せられる。


 「う、うわぁぁあぁぁぁ!!!」


 僕は生存本能からであろう反射で、何とか腕を持ち上げガードした。途端、左腕に牙が食い込んで、激しい痛みを連れてくる。


 情けないとしか言いようのない悲鳴をあげた。飛び掛られた勢いのまま地面に倒された。引き剥がそうと一角ライオンの腹部あたりを何度も蹴り上げる。その為だろうか、一角ライオンは地面を転げ回った。いや、邪魔な腕を食い千切らんとして僕を振り回しているのだろう。噛む力は緩む気配もなく喰い込む一方だ。到底、僕の貧弱な抵抗が効いているとは思えなかった。

 案の定、一角ライオンはその力を更に強める。僕はこれ以上牙が食い込まないようにと、一角ライオンの下顎に掴まっているだけで精一杯だった。引き摺られ、振り回され、擦り傷と打撲の痛みが全身に増えていく――と、その時。


 『バキッ――』


 鈍い感触。

 噛まれていた腕の骨が折れたのだと知った。更に深まる痛み。死へのカウントダウンが始まったと更に恐怖する。

 漏れる悲鳴が命乞いへと変わったのはこの時だ。


 「嫌だ 嫌だ 嫌だ  死にたくない――」


 ――イヤダ!!――


 その直後、目の前が真っ赤になった。

 一角ライオンの姿が溶けて行き、周囲の音も聞こえなくなっていった。

 うるさいくらい滝の音がしていたはずなのに何の音も聞こえてこない。

 左腕だけが熱を帯びたようにジンジンと熱かった。


 薄れていく意識の中で、僕はここに至る前の事を思い出していた。これが走馬灯という現象なのだろうか……。



 高校に入って初めての夏休み。

 その日、僕は敬愛する先輩達と共に、映画研究部の活動に勤しんでいたはずだった――。



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