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42.スポーツジムの水死体②(怖さレベル:★★★)

その、プールの中央に存在する、

不気味な男の目線はこちらを向いていません。


その、水にふやけ切ったかのようにぶくぶくと膨張した頭部は、

向こう岸から折り返してクロールで泳ぐ、年若い青年のことを

ジイっと見つめているようでした。


(あの子、アレが見えていないのか……!?)


ゴシゴシと強く自分の目をこすれども、

その歪なバケモノは、ただただ泳ぐ青年へと視線を向けています。


ぐちゃぐちゃと崩れかけたその顔では、

彼がいったい、どんな感情で青年を凝視しているのか定かではありません。


「ん、アレ? 泳がないんですかー?」


50mを泳ぎ切り、こちらに折り返してきた青年が、

スタート地点で硬直する私に声をかけてきました。


「は、はは……どうも水には慣れなくて。

 頭が痛くなってきたから、少し休んでからにしようと思って」

「えー、もったいねぇっスねー」


青年は再びゴーグルを装着し、二本目を泳いで行ってしまいました。


あの膨らんだ男は、共に会話したこちらには目もくれず、

ただひたすらに水をかく青年のことを観察しています。


(……ダメだ、今日は止めよう)


あのバケモノの隣を泳ぐなど、とても考えられません。


あの青年には見えていないようですが、

おそらく、誰もこのレーンを泳がないのはアレが原因なのでしょう。


私はぞわぞわと鳥肌の立つ腕をさすりながらプールから上がり、

わき目もふらずに出口に向かおうとして、


(あ……プールから上がったから、消えたかもしれない)


と、着水する前までは目に映らなかったあの男を、

期待も込めて振り返って確認すると、


「……うっ」


タプ、タプ……


6レーンの中央。


でっぷりと肌を伸ばしたその男が、全身を波打たせていました。


それはまるで、何かがおかしくて仕方ないとでもいいたげに、

ゲラゲラと、赤い口腔を大仰に開かせて。


(わ……笑ってる?)


その男のその有様が、いったい何を意味しているのか。


おぞましいその光景に、

私は逃げるようにその場を後にしました。




数日後。


私は、そろりそろりと、おっかなびっくり、

例のプールへと向かっていました。


先日あんな光景を目にはしたものの、

どうにも一度見たそれが信じられません。


実際、あんなバケモノがいるというのに、

あの青年は平然とあそこを泳いでいたし、

他のレーンで泳いでいる人たちも、まるでこちらを注視していませんでした。


最近、仕事で残業も続いていたし、

疲れとストレスで妙な幻覚を見ただけなんじゃ、

という自分の考えを確かめるという意図もあって、

今日、勇気を振り絞って、再びやってきたのです。


そして訪れたプール。


今日は先日よりも早めの時間であったゆえか、

人の姿は少な目です。


「……あ、いない」


6レーン目を見れば、あのひときわ存在感を放っていた、

水死体のようなブヨブヨ男の姿はありません。


やはり幻であったのだろう、と私はホッと息を吐き、

それでも6レーン目から遠く離れた1レーン目に入りました。


「よし……大丈夫」


先日はプールに入った途端に目に映ったそれも、

今回は何も見えません。


怯えていた自分か途端にバカらしくなり、

私は妙な思考を振り払うかのように、水泳集中し始めました。




「……ふー」


バシャバシャと水をかき分けてしばらく。


何往復か終わって、

私は休憩の為にゴーグルを外しました。


なにせ、久々の水泳。


あまり調子に乗ると、

明日は一日布団の中で過ごす羽目になります。


体力的にはまだまだ余裕があったものの、

今日はこの辺りで切り上げよう、とプールサイドに身体を押し上げました。


「……ん?」


と、何気なく見回した視界の中央、

6レーン目に人影が見えました。


今日は他も空いているのになあ、なんて思いつつよくよく見れば、

それは先日の、あの年若い青年であったのです。


(こないだの……あそこ、気に入ったのかな)


などと考えながら、泳ぐ彼の姿をボーッと眺めていたその時です。


ズキン。


「痛……ッ」


いつぞやと同じ、頭の側面が絞られるかのような痛み。


一瞬痛みに閉じた目をぼんやりと開くと、


「……う、っ」


ぶくぶくに膨れ上がった巨体を揺らす、あの男。


そいつがまたもや、あの6レーンの中央に鎮座しているのです。


(見間違いでも……幻でも、ない……)


ゾワゾワと立ちのぼる悪寒に、

私は身動きすることも、目を逸らすことも出来ず、

その異形の物体を見つめていると、


バシャバシャ……バシャッ


順調に泳いでいたあの青年が、

不意にその速度を落としたように感じられました。


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