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37.片足だけのハイヒール②(怖さレベル:★☆☆)

中途半端に開いたカバンから何かが転がったようです。

財布でも飛び出したか、と目線を落とすと、


「……ひ、ぃっ」


私は立ったまま足がもつれ、

ドスン、と思わず尻もちをつきました。


そのカバンからこぼれたもの。


それは、今日なんども道端で見かけた、

あの黄色いハイヒールだったのです。


「な……なん、なんで」


カラカラの喉からヒューヒューと呼気がこぼれ、

ズリズリとその物体から後ずさります。


会社を出てからうちにたどり着くまで、

一度たりともカバンなど開けていないのに。


帰る時だって、他に残業していたのは男の社員二人だけで、

とてもイタズラをするような人たちではないし、

帰り道でも誰一人としてすれ違う人もいなかったのです。


そう、誰も、

私のそばには近寄っていない。


それこそ、姿も気配もない、

幽霊でもなければ――。


と、そう考えた瞬間。


カツ、カツ、カツ。


ハイヒールのかかとを鳴らす高らかな音が、

扉の外、アパートの廊下の方から聞こえてきました。


尻もちをつき、のけ反った中途半端な姿勢で、

一気に全身に緊張が走りました。


(ま……さか……)


カツ、カツ、カツ。


一定の間隔で鳴るその音。


私の脳内では、あの少し薄ボケた黄色い靴が、

ゆっくりと履く人もなしに一人歩きしているという、

イヤな映像がありありと浮かびました。


(そ、そんなわけない。偶然、偶然……)


落ち着こうと深呼吸をくりかえした私の目の前には、

あの、カバンからこぼれたハイヒール。


「う……っ」


そうだ。これだって、

いったいどうして私のカバンに。


自分の私物、ということは考えられません。


私は、黄色いハイヒールなんて、

今まで一度も所有したことすらないのです。


カツカツと扉の外で響く音に怯えつつ、

私は、ためらいつつもその靴をそっと摘まみました。


やはり、擦り切れた靴のかかと。

布地にわずかに残る砂汚れ。


まさか、無意識のうちに拾っていた?


でも、あれには近寄らなかったはず……。


と。


カツ、カツ――カツン。


「…………!」


一定の間隔で聞こえていた足音が、

不意に止まりました。


「え……」


それは、すぐそばで。


そう、まさに、

この部屋の真正面に止まったのです。


「ひ、ぃ……っ」


私は身体を縮こまらせて、必死に息を殺しました。


中にいることを、

気づかれてはいけない。


玄関先で、身じろぎすることすら恐ろしく、

ブルブルとただただ身体を震わせていた時。


カンカンカン。


扉が、叩かれます。


「う"っ……」


その音は、拳で叩いたにしては妙に高く、

まるで、そう、ヒールの底を、

そのまま扉に打ち付けでもしているかのような――。


「だ……だめ」


私は、息を潜めてもムダなのか、

と絶望的な気分で、しゃがみこんだままズルズルと後退しました。


そして、足元に散らばったカバンの中身、

転がっていた例の黄色のハイヒールに、

スッと視線が吸い寄せられました。


「こ、のッ……!」


その時、今となっては

どうしてそのような行動をとったのかわかりません。


私は、その見るも恐ろしいハイヒールを、

怒りに任せて引っ掴み――


全力をもって、

べランダから外へと放り投げたのです。


ボギィッ


靴が折れるにしては異様な音がした次の瞬間。


シン――

と、突如、その場を静寂が支配しました。


「……は、はぁ、はぁ……」


扉をノックする音も止み、

夜のアパートはいつもの静かな雰囲気を取り戻しています。


「……はあー」


私は全身から力が抜け落ち、

その場に大の字に寝転んでしまいました。




翌日。


私はあの放り投げた靴の行方が気にかかり、

日の差し始めた明け方に、そっと探しに部屋を出ました。


あれだけの音を立てたので、

きっとバラバラの状態で落ちているのだろう、と

投げた方角を探したのですが、

それらしき物体はどこにも見つかりませんでした。


アパートの入り口付近に転がっていたアレも、

コンビニの敷地にあったものも、

あの、会社帰りの道にあったものすらも――

何一つ、キレイさっぱり消え去っていたのです。


その日、それとなく社内に黄色のハイヒールを

履いている人がいないかもチェックしましたが、

もともと男性の多い会社ゆえに、該当者もおりませんでした。


あの日、どうしてあんなコトが私の身に起きたのか。

いったいアレはなんだったのか。


なにもかも謎のまま。


今となっては荒れ果てていた

自分自身が見せた幻だったのか――と思っています。


しかし、あの脳裏に焼け付くコツコツという音は

今でも記憶に刻みついて、

あの靴の音を聞くたびに、ゾッと全身に悪寒が走ってしまうんです。

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