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24.紫イワナの怪①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『50代男性 飯野さん(仮名)』


これは先日、

仲間うちで旅行に行った時のコトです。


仲間、というのは釣りの集まりでね。


今は釣り人口が減ってるなんて言うけど、

やっぱ愛好家っていうのは一定数いるモンで。


若い頃からやってるって人はもちろん、

ボクみたいにある程度歳がいってから

その良さに目覚めるって人もいて、

地元民の集まる釣り愛好会は、

けっこうな人数がいたモンですよ。


それで、そこの誰かの提案で、

いつも行っている県内の釣り堀じゃなくて、

慰安旅行も兼ねてちょっと遠出しないかっていう話が出たんです。


ボクたち新人含め、

愛好会のメンツはみんな大賛成でね。


長期の連休のタイミングで、

揃って出かけることにしたんですよ。


普段、会社員の傍ら、

趣味に没頭しているのがほとんどのメンバーです。


ゆえに、大自然に囲まれた現地に

着いた時の解放感はひとしおでありました。


もちろん、普段の釣りだって、

十分すぎるほどの自然の中でやるんですが、


仲間同士で集まって趣味の旅行なんて、

若い時であればともかく、

いい歳になってなかなかできるモンじゃありません。


旅行地は、山合いのリゾート地に位置するペンションで、

リフォームをしたばかりとの案内もあり、

清潔な雰囲気を保っていました。


五月の清々しい気候の下、

山々の青さもとても目に映えます。


野鳥が木々の合間を飛び交うのが、

当たり前のようにあちらこちらで見えています。


これは、川の方も期待できそうだ、

と誰かが笑うと、

皆、違いないと同意していました。


各々荷物を借りた自室にとりあえず置いて、

昼食をとったらさっそく、

今回の目的である渓流釣りへと向かうということになりました。


「皆さん、釣りクラブの方々なんですって?」


オープンテラスのカフェで昼食を楽しんでいると、

隣席に座る年配の男性が話しかけてきました。


「ええ、そうなんです。

 このあたり、すごくいい環境だって聞いたもんで」

「ええ、季節にもよりますけれど、まぁよく釣れますよ。

 あんたがたみたいに、大勢で来られるのは珍しいですけど」


どうやら、この近辺で暮らしている老人のようです。


にこやかに笑う彼は、

釣りの覚えもあるようでした。


「ええと、釣り、やられるんですか」

「昔はよくやったもんですよ。

 ……今は身体が悪いんで、しばらくやっていませんがね」


この通り、

とドス黒い色をした右腕をチラリと上げて見せ、

彼は苦笑しました。


「あっ、そうだ。

 私のコトなんてどうだっていいんですが……

 これだけは言っておかないと」


食事を先に終えた老人が、

立ち上がると同時にハッとした表情でこちらを見ました。


「……紫色のイワナを釣っても、とらんようにしてください。

 すぐに川に戻せば大丈夫ですから」

「む、紫色ですか? ……なんで、また」


向かいでモシャモシャと食事をしている仲間が、

眉を顰めました。


「理由ですか? ハハ……食ってもマズイんでね。

 見りゃ一発で分かりますよ。なんせ普通の色じゃない。

 たまーに出るようですが……外道の一種みたいなもんですから」


と、言うが早いか。


それだけ告げると、

あっという間にスタスタと姿を消してしまったんです。


「紫色のイワナ? ……元々、イワナって言えば紫っぽい色だけどなぁ。

 あの口ぶりじゃ、蛍光っぽい色なんかな」


と、話を聞いていた釣り愛好会の年長者が、

しきりに首を傾げています。


私はまだ、浅い釣り歴ながら、

そんな鮮やかな色のイワナなど目にしたことがありません。


「まぁ、マズいって言われるとなぁ……

 どうせ、イワナって言ってるけど、別種の魚かなんかだろ」


と、この愛好会で釣り歴の一番長い加藤という男が、

笑いながら楊枝で歯をつついています。


皆、それもそうだと頷いて、

食べ終わった昼食を下げ、

いよいよ目的地に向かうことにしたのでした。




「いい風が吹いてるなぁ」


同時期に釣りを始めた遠山が、

両手で風をめいっぱい吸い込むように広げながら、

ゆっくりと深呼吸しています。


日差しを遮る枝葉からこぼれる光が、

キラキラと水面に反射して、

そよぐ雑草と湿った土の匂いが

優しい自然の風にのって飛んできました。 


渓流には我々の集団の他に釣り人もおらず、

ザバザバと清流が岩肌に打ち付けています。


「こりゃあ、期待大だな」


釣りベテランの加藤が上機嫌で鼻歌を歌いつつ、

さっそく場所を取り始めました。


他のメンバーも、各々好きな場所を見つけて、

釣り竿を設置し始めています。


ボクも二つ三つ場所を検分したのち、

けっきょく、加藤の座る位置から

少しだけ離れた場所に腰を落ち着けました。


「いっぱい釣れるといいけどなァ」


と、隣で釣ることにしたらしい遠山も、

ざっくりと釣り竿を設置しながら呟きました。


「なぁに、この辺りは評判もいいし、よく釣れるよ」


加藤も釣り餌を確認しながら、

ヒソヒソと小声で笑いました。


そして、釣り竿を垂らしてから、三時間――。


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