23.教室の死神②(怖さレベル:★★☆)
夕暮れの光の下の校舎は、
バケモノたちの巣窟です。
あちこちに身体の半壊したヤツらが蠢き、
見慣れているとはいえ、直視することは憚られます。
しかし、和田はそれら一つ一つに、
朗らかに手を上げてあいさつしているのでした。
「……オイ、和田」
オレは、周囲にヤツらがいなくなったタイミングで、
思わず声をかけました。
「ん、どうしたの?」
「お前、アイツらのこと、昔から見えてんのか」
「うん、そうだね。小さなころから」
「……怖くねぇの」
それは、純粋な疑問でした。
幼い頃から、
さんざん悪霊やら怨霊やらを見つめてきました。
どれもこれも、皆、
見るに堪えぬグズグズに溶けたような姿ばかり。
だからこそ、見ないふり、
知らぬふりで今まで通してきたのですから。
「怖い? ……あー、一村くん、
だから見えないフリしてたんだ」
「……悪ィかよ」
「ううん、そうじゃないよ。ボクの周りにいた”見える”人は、
あんまり”見える”ことを隠してなかったから」
どんな環境にいたんだコイツ、
とうろんな目を向けると、
「ああ、うち、ちょっと宗教絡みの一家だから。
それは良いとして……だって、彼ら、危害くわえてこないでしょ?」
「……危害」
少し考え、呻く。
確かに今まで、
”見える”こと以外の弊害はない。
ない、が。
「……でもお前、さすがに教室のアレはヤベェだろ」
なにせ骸骨。
なにせ大鎌。
カワイイ、と抜かしていたが、
和田の趣味はとんでもないのだろうか。
「ええ? ボクが今まで見た幽霊のなかで、
一番好きなのに」
などと、狂ったことを平気で言い放ってきます。
「お前……どういう趣味してんだよ」
「ええ? 男の子だったらみんな好きじゃない?」
「……オレにはわからねぇ」
そもそも、
オレの身内には”見える”ヤツなんていません。
それとなく祖父母に聞いてみたって、
不思議な顔をされて終了でした。
ゆえに、ああいうモノが恐ろしいモノだと思い込んでいただけ、
と言われれば否定はできません。
事実、ちょうど目前の電柱の横に佇む女性は、
異形揃いのオレの幽霊遍歴の中ではとりわけ美人で、
儚げに佇む姿は、たしかに無害ではありました。
「今の人……キレイだったね」
「そーだな……っ、うわ」
思わず振り返って見えた、その半身。
先ほど見えていた右半身の反対は、
さきほどの美しさの余韻すら消し飛ばすほど
壮絶にただれており、
オレは見るんじゃなかったとただただ後悔しました。
「あ゛ー……ったく、いつもこうだ」
「ん、なにが?」
「お前もキツくねぇ? 毎回毎回、ぐっちゃぐちゃのヤツ見んの」
生まれついての環境が違うとはいえ、
グロテスク三昧の映像を毎回見せつけられるのは
本当に心が沈みます。
慣れといえばそれまでですが、
何度夢に見たことか。
「ぐっちゃぐちゃ?」
「今の見たろ。……さっきの人、半分焼けてた」
事故か、火事か、それとも自殺か。
今までの経験から考えても、
死に際の姿でヤツらは現れるんです。
「慣れてるけどよ……飯食う時とか、
たまに思い出しちまって食う気なくす時とかあるぜ」
ペラペラとしゃべりつつ横を見れば、
和田の姿がありません。
「和田?」
不審に思って振り返れば、
少し前の場所で呆然と立ち尽くす和田の姿がありました。
「オイ、どうした?」
「一村くん……ごめん。
……君の言ってることがわからない」
「はぁ?」
さっきから、ずっと幽霊だのなんだのの話をしてきたというのに、
何を今になって言っているのかと、オレは呆れ声が漏れました。
「ホントにごめん。……あ、ボク、ここで曲がるから」
「あっ……オイ!」
先ほどまでアレほど親し気に話していたというのに、
和田は突然態度を変え、
走り去って行ってしまいました。
「なんだ、アイツ……」
残されたオレは、
せっかく見えない世界の話ができる相手を見つけたはずなのに、
逆に妙なモヤモヤを心に残すことになったのです。
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