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【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~  作者: 榊シロ


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160.廊下にあるもの③(怖さレベル:★★☆)

「ごほっ、げほっ……え、え?」


今、この場にいるはずのない、人の声。


私は一瞬こけしの存在を忘れ、声のした方へ視線を向けました。


私の使っている、ベッドの上。

そこで体を起こした、ひとりの姿がありました。


「え、お……お、お母さん……!?」


眠そうに目を擦っているのは、実家にいるはずの母でした。


私はあんまりにもビックリして、

足から力が抜けて、その場に座り込んでしまったんです。


なんで、母が?

なんの連絡も、入っていなかったのに。


茫然と座り込んだ私の前で、起き出した母はぼんやりと時計を見て、


「あら、寝ちゃってたわ……って、2時!? あんた、こんな時間までなにしてたの!?」

「なに、って……仕事だけど……」

「仕事!? こんな時間まで!? じゃあ、明日……じゃない、今日はお休みなんでしょう?」

「え……仕事、だけど……」

「この時間に帰ってきて、また仕事……!?」


と、みるみるうちに表情を険しくした母に、私はなにも言えません。


そのまますぐにベッドに寝かされて、

朝起きたときも、母はまだ私の部屋にいました。


二人で朝食をとりつつ、

「昨日、母が合いカギを使って部屋に入った」こと、

「つい実家のクセで、カギをかけ忘れたこと」を聞きました。


こっちだと防犯的に危ないから、と注意しつつも、

朝食時も、ずっとテーブルの上に置かれているこけしに話が向きました。


仕送りに入れたのは、やはり母だったようです。


「このこけし、だってあんたのだもん」

「私の……? 意味がわからないんだけど」

「あんたが生まれたときに作ったこけしよ。だから、もう二十年以上経ってるのねぇ」

「……私、これ、見たことないけど」

「ずっと倉庫にしまってあったのよ。この間片付けしてねぇ。せっかくだからって仕送りで送ったのよ。飾ってくれたなんて嬉しいわ」

「……え、飾って?」

「あら、違うの? あたしが来たとき、そこのパソコンの横にちょこんと置いてあったけど」


と、母は部屋の隅のデスクを指さしました。


置いてない。

断じて、そんなところになんて置いていない。


私は、再びこけしの存在に恐怖を感じましたが、

母は、テーブルの上のこけしの頭をそっと撫でて言いました。


「なんか、この子の夢を見た気がしてねぇ」

「この子……こけしの?」

「そ、夢の中でね、眠るあんたの顔をじーっと見下ろしてるこの子の姿が見えたの。それで胸騒ぎというか、ちょっと心配になってね。こうして様子を見に来たってわけ」


案の定、だいぶ無理してたみたいだねぇ、

と言われて、私は返す言葉もありませんでした。


(呼ばれた……呼んだ? お母さんを……?)


テーブルの上のこけしを、ジッと見つめ返しました。


それは、先日のように動くこともなく、

ポツン、とその場にたたずんでいます。


無機質で、なんの感情もない、不気味な顔。

そう、思っていたのに。


(もしかして……あの夜も……)


最初に、廊下でこけしを蹴飛ばした日のことを思い出しました。


深夜、疲れ切って帰って来た日。

あの日は、蹴ったものにかまける余裕すらありませんでした。


次の日も、蹴飛ばしたなにかをそのまま放っておくほど、疲れ切っていました。


その翌日。

寝ている私をカーテンの隙間から覗いていたこけしは、

危害を加えることもなく、うちを飛び出していきました。


それらの全てが、私を恐怖に陥れるためではなく、

ただ、身を案じてくれていただけだったら?


そう考えると、入り口の盛り塩に異常はないのに、

こうしてこけしが部屋にいるのも、納得がいきます。


悪い霊じゃないから、こうしてうちにいる。

悪い霊じゃないから、母を呼んでくれた。


私は思わず、ちょこんと立っているこけしの頭を、そっと撫でました。


(ごめんね……ありがとう)


それから、母と軽く話をして出社した私は、

会社に退職の旨を伝えました。


引継ぎなどもあり、一か月後の退職という話にはなりましたが、

終わりの見えない残業地獄から解放されると思えば、

なんとかそれも乗り切ることができました。


その後は、給料は下がりましたが、

終業時間の正常な会社に勤めることもできて、

今、こうして同じ部屋で暮らしています。


……ああ、あのこけしですか?

ええ、今でも、あの部屋にいますよ。

うちの部屋の、一番日当たりのいい場所が彼女の特等席です。


もう動くことはありませんけど、十分。

見守ってくれている、と思うだけで、なんとなく心強く思えます。


今では、たまに人形用の装飾品を買って、飾り付けたりしてあげていますよ。


無表情な顔は相変わらずだけど、なんだか、

前よりもずっと、優しい顔に見える――そんな、気がします。

===

※ 次回更新 → 8/18(月) ~ 3話

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