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157.サクラ十字の子ども③(怖さレベル:★★☆)

慌てて拍手を再開しつつ、耳に意識を集中させました。


聞こえてくる、美しい讃美歌。

それに時折、子どもの声が混ざっていなかっただろうか。


「ララ……ラララ……ラ…………」


息を飲みました。

まさか、僕が連れてきてしまったのか。


素早く周囲に視線を走らせます。

でも、昨日目にした黒いもやや、子どもの姿は見当たりません。


いったい、どこから。


あちこちをキョロキョロと見回した僕の視界に、

ようやく、奇妙な違和感が映りこみました。


結婚式場の、教会風の屋根の一番上。


備え付けられている大きな十字架の上に、

黒っぽいもやがまとわりついています。


それは、徐々に形を変えていき、

昨日目にした、子どものような姿になりました。


「ララ……ラララ……ラ…………」


パカリと口を開け、あの、か細い歌声がその口から響いてきます。


讃美歌のメロディにかき消されんばかりに小さいのに、

僕の耳には、すぐそばで歌われているかのように、ハッキリと聞こえてきます。


新郎新婦たちは、そんな不協和音が流れていることにも気づかず、

階段の一番上から、ゆったりと降りてきました。


桜の舞い散る中を歩く、幸せいっぱいの二人。


人生の新たな門出を祝う場面だというのに、

僕は、冷や汗がダラダラと背を伝いました。


せっかく、二人の幸せな場面なのに、

水を差すようなことをしてしまった――!


しかし、慌てている僕の内心とは裏腹に、

周囲は笑顔で歓迎ムード、あの異常に気付いている人はいないようでした。


みんな笑顔で、新郎新婦に祝福の拍手を送っていて、

十字架だって目に入っているはずなのに、なにも言いません。


となりの友人なんて、

「こんな素敵な教会で結婚とか……羨ましくってたまんねぇよ!!」

とか言いながら、パシャパシャ写真を撮ってるくらいです。


(……僕にだけ、見えている……?)


それはまさに、憑りつかれているといえるんじゃないか。


結婚式会場を見下ろしている、と思っていた子ども。

でも、実は。僕だけを、見ているんじゃないか。


「……歌おう……いっしょに……」


この歌声も、聞こえているのは僕ひとりなんじゃ、ないか。


「おい? いつまでボーっとしてるんだよ」

「あっ……あ、ああ、ごめん」


と、ポンッと肩を叩かれて、正気に戻りました。

どうやら、新郎新婦はすでにブーケトスを終え、解散ムードです。


ハッとした僕の視界には、いまだ十字架のところにまとわりつく子どもが見えていましたが、

視線の先をたどった友人は、キョトンと首をかしげるばかり。


「なんだ? 十字架に見とれてたのか? 確かにキレイだけど」

「あ……ああ、うん。桜と十字架、キレイだな、って」

「だなぁ。おれも早く結婚相手見つけてぇよ」


軽口をたたく友人に、ぎこちなく笑顔を返した後、

僕は無理やり視線を外し、次の披露宴会場へと向かいました。


未だ聞こえ続ける、かすかな子どもの歌声。

それを、無理やり聞こえないフリをしながら。




……ああ。その後、どうなったか、ですか。


…………。


あの日以来……子どもの幽霊は、どうやら僕に憑りついているようなんです。


ただ、現れるには条件があって。


桜の季節であること、そして、そばに十字架があること。

この二つがそろったときに、あの子は待ち構えていたかのように、姿を現すんです。


ええ……あまり無い条件でしょう。

だから、ね。しばらくは気づかなかったんです。


あれから三年くらい後だったでしょうか。


偶然、桜の季節に、地元の教会のそばを歩いていた時、

また、あの声を聞いたんですよ。


「……ララ……ララ……ラララ……ラ……」


パッ、と見上げた教会の、十字架。

そこにまとわりつくように存在していた、黒い子どもの幽霊。


僕を凝視するように首を伸ばして見下ろし、

そのポッカリと開いた口から、独特のメロディが、聞こえて。


しかも……聞こえてきたあの声。

三年前に聞いた時より、ずっと。

もっとずっと、ハッキリと聞こえてきたんです。


それに、もやにまみれていた子どもの黒い影も、

だんだんと形や輪郭が、整ってきているように見えました。


僕は慌てて、教会のそばを走り抜けました。


十字架が見えなくなり、桜並木を通り抜けても、

ずっと、あの歌声が耳の中で聞こえ続けている気がして、

僕はもう、気が狂いそうでした。


それからも、何度かそういうことがあって、

桜の季節には、仕事の時以外、ろくに外に出歩かなくなってしまいました。


あの子どもを見かけるたび、聞こえてくる歌声がどんどん大きくなって、

最近では、夢の中でも見かけるようになってきた気さえするんです。


「……歌って……いっしょに……」

「……いっしょに歌おうよ……ねえ……」


その声につられて、一緒に歌ってしまったら……。


ええ、お祓いを受けることも検討していますが、

果たしてこの恐怖から、本当に僕は逃れることができるんでしょうか……。


話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

===

※ 次回更新 → 7/7(月) ~2話

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