157.サクラ十字の子ども①(怖さレベル:★★☆)
(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
桜――特に夜桜の美しさって、えもいわれぬ程じゃありませんか?
昼に見る、ほんわかとした優しい優美さではなく、
『壮絶』といえばいいんでしょうか、
どこか謎めていて、人を惹きつけてやまない、モナリザのような美しさ。
昔の文豪が『桜の下に死体が』なんて書いた理由も、
大人になった今だと、よくわかる気がするんですよね。
完璧な美しさよりも、ほんの少し、影がある夜桜。
そういったものに、人はなぜか深く惹かれるものかもしれません。
僕がこれからお話するのは……そんな、桜が関係する、
少しばかり恐ろしい話なんです。
あれは、3月が終わる頃のことでした。
僕は、学生時代の友人が結婚式を挙げるということで、
前日の夜から式場のそばに宿をとって、一泊する予定でした。
金曜日の夜8時には宿に到着する予定だったんですが、
仕事でトラブルがあり、予定を大幅に遅れてしまったんです。
宿に遅くなると連絡を入れた後、僕は慌てて車で出発しました。
すでに、時間は夜9時を回ったところ。
3月の夜は、だんだんと気温が春に近づきつつあるものの、
ヒヤリと空気は冷たく、暗い夜空が続いています。
特に、夜の田舎道は、星こそ明るいものの、木々の影や建物の暗さが際立って、心細さを感じました。
でも、夜を走る僕の車のライトが、
ふいに道の端や川べりに生えている桜を照らすと、
その瞬間、パッと空気が華やぐんですよね。
後ろから車が来ない時は、少しだけスピードを落として、桜を眺めながら走っていました。
それから1時間ほど車を走らせると、あたりは一面、
田んぼと雑草が生い茂る景色に変わってきました。
僕はラジオをBGMにしながら、
時計を気にしつつ、スピードを速めていきます。
(……ん?)
と、遠く、車のライトが届くか届かないかくらいの先に、
なにか白い、ぼんやりしたものが見えました。
夜の暗い景色の中、
そこだけ、まるで光っているかのように。
「なんだ……あれ」
すでに、時間は夜10時を過ぎました。
田舎で、こんな遅くまでやっているコンビニや店はまずありません。
僕はかなり警戒をしつつ、目を凝らして光の方へ車を走らせました。
「……う、わぁ」
キキッ、と、思わず僕はブレーキをかけました。
そこには、まるで夢のような光景があったんです。
夜闇に、まるで発光しているかのように輝く、あたり一面の桜並木。
それが、地面に置かれたライトに照らされて、
どこか異国の世界のような、幻想的な雰囲気をかもしだしていました。
そして、その中心でひときわ輝いているのが、十字架でした。
ええ、十字架です。それも、かなり大きい。
例えるなら、ちょっとした銅像くらいのサイズでしょうか。
よくよく見ると、十字架は大きな台座の上に設置されていて、
外国語で、なにか文字が書かれているようでした。
邪魔にならない端っこに車を停めると、
僕は吸い寄せられるかのように、桜に囲まれた十字架へと歩いていきました。
銀色の十字架の周りで、満開になった桜。
それは、この世のものではないほどに美しく、
僕は一瞬、ここは現実世界ではないと錯覚しそうになったほどでした。
十字架の台座には、桜の花びらが降り積もって、
ヒュウと風が吹くとハラハラと舞い散り、
その光景がまた、映画のワンシーンかのように美しいんです。
僕は携帯のカメラを起動すると、
パシャパシャと無心で写真を撮影しました。
「……あれ?」
と、スマホのライトが、キラッ、と何かに反射しました。
十字架の台座の上、風雨にさらされて少し錆びた鉄のフレームが見えます。
近寄ってみると、中には写真がはめ込まれていました。
「これ……子ども……?」
映っていたのは、幼い男の子。
その表情は寂しげで、どこか憂いすら感じます。
フレームには『安息の眠りを』と、日本語で彫り込まれていました。
たった一人のお墓、にしては大きすぎるから、
もしかしたら、誰かが供えていったものかもしれません。
はらはらと頭上から舞い散る桜の風景、
そしてはかなげな子どもの写真。
そんな美しくも物悲しい景色に、僕がしばらく見入っていた時でした。
風もないのに、不意に、桜の枝がザアッとざわめき、
乾いた金属音のような音がかすかに聞こえたのです。
まるで、古いオルゴールのぜんまいが巻かれるような、
キィキィ、という小さな音が。
ああ、誰かがオルゴールも供えていったのか。
そう思った僕の耳に、不思議な声が聞こえてきました。
「……ララ……ララ……ラララ……ラ……」
途切れ途切れのどこか悲し気な歌声と、
それにかぶさるように流れる、ゼンマイ仕掛けのオルゴールの音。
ほんのりなつかしく、胸が締め付けられるようなメロディ。
それは、遠い記憶の奥底を揺さぶるように、静かに響いています。
(人の声と……オルゴール……?)
僕は硬直し、目玉だけでキョロキョロと左右を見回しました。
大きな十字架が置かれた場所に、当然、僕以外の人影なんてありません。
じゃあ、この音と声は、いったいどこから?
「ララ……ラララ……ラ…………」
声は次第に小さくなり、オルゴールの音色は、
すぐにプツン、と途切れました。
シン、と静まり返ったそこは、
さっきよりもより一層、どこか肌寒さを感じます。
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