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154.異常な少女②(怖さレベル:★★☆)

ようやく、いなくなってくれた。

おれが心底ほっとして、通り過ぎて行った少女の背中をチラッと見たときです。


「……えっ……!?」


少女の背中。


葉っぱや植物のツルが巻き付いたジャージの裏に、

べっとりと、赤いシミが見えたんです。


(え……もしかして、あの子大怪我を……!?)


あれだけ水びたしの上、背中を怪我している、なんて。


ペンキではありえないような赤黒い血液が、

あきらかに重症とわかるほど、どくどくと背中から溢れています。


しかし彼女は、そんな大怪我を負っているとはとても思えないスピードで、

多少フラつきつつ、バタバタと走っていってしまいました。


(も、もしかして……あのオッサン、あの女の子を刺して逃げてた……?)


おれを見たときに怯えた顔をしていたのも、人を刺した後だったから?

あの少女が異様な様で男を探していたのも、もしかして仕返しをしようとしていた?


そうだとしたら、一刻も早く連絡をしなければなりません。


おれは震える手で携帯を取り出し、


(警察か救急車……あ、いやでも、まだ確定、ってわけでもないし……)


そもそも、どうやって状況を説明するべきか。


そんな風に、携帯とにらめっこして悩んでいた時でした。


「……ぎゃあぁあアアああ!!」


耳をつんざくような強烈な悲鳴が、少女と男のいた方向から聞こえてきました。


(まさか……!)


声を振り絞るかのような、断末魔染みた叫び声。


死の間際のようなおぞましい声に、

おれは慌てて悲鳴の聞こえた方へ走り出しました。


「うっ……!」


土手の下、遊歩道になっている場所に、

倒れ伏す人影が見えます。


土手の上からだと、その場に倒れた人間と、

じわじわと腹の下から広がっていく血が、よく見えました。


そこには、すでに人だかりができていて、


「救急車! あと警察も……!」

「おい、大丈夫か! あんた、意識は……!?」


と、まっ赤な血だまりを中心として、

マラソン姿の男性や、犬を散歩するおばあさんたちが、

あわあわと慌てふためいていました。


「あ、れは……」


全身を真っ赤に染めて、うつぶせに倒れている人物。


それは、最初におれがすれ違った男性でした。


凶器らしい農業用のカマが、深々と背中に食い込み、

さびの目立つ銅色のそれが、血を吸って、ぬらぬらと光を放っています。


(まさか……あの、女の子が……)


彼女が持っていたカマ、そして追われて死んでいる男。


でも、彼女自身が怪我を負っているようだったのに、

体格も力も差のある男性を、そう簡単に殺せるものでしょうか。


それに、そもそも。

あの少女はどこへ行ったのか――。


ぐるぐると回り始めた思考に立ち尽くしている、と。


ガサッ


背後で、大きな物音がしました。


まさか、獣か。

おれはとっさに、その場から飛びのきました。


ヒュッ――ザンッ


目の前に落ちたのは、古びた農業用の草刈りガマ。


使い込まれているのか、あちこちが錆びていて、黒い――。


「チッ」


と、草むらの方から、小さな舌打ちが聞こえました。


「……え、っ」


目の前のカマと、草むらを交互に見返しました。


今、もしかして。

――おれは、命を狙われた?


さっきの少女が――おれを、殺そうとしている!?


ぶわっと毛穴が開き、冷や汗がだらだらと流れました。


一刻も早く逃げなければ。

でも、いったい――どこに?


ここは土手の開けた場所。

おれが、隠れられる場所なんてありません。

人々の意識は倒れた男に集中していて、こっちに気づくことはないでしょう。


戸惑うおれは、かっこうの的です。


死にたくない。でも、どうすればいい。

殺されるのなら――こっちから、やるか?


脳裏に、天啓が響きました。


床には、あの錆びたカマが落ちています。


力は、おれの方が上。

このままみすみすと殺されるのなら、こっちから――


ピーポー……ピーポー……


と、遠くから、パトカーの音が聞こえてきました。


ガサガサガサッ


瞬間、草むらをかき分ける激しい音がして、

足音は遠ざかっていきました。


「……あ、はは……」


おれは、ヘナヘナとその場に座り込みました。


今、自分はいったい、なにを考えた?

今、もしかして――人を、殺そうと、した?


少女の異常性よりも、すれ違った男性が殺されたことよりも、

おれは自分の刹那の思考が恐ろしく、しばらく、立ち上がることすらできませんでした。




その後……ええ、地域では、けっこうな騒ぎになりました。


なんでも、殺害時の目撃者がいたらしく、

やはり、下手人はあの少女だったようです。


なんでも、薄汚れたジャージ姿の少女が、

馬乗りになって、一心不乱に男を刺しまくっていた、のだとか。


あまりの光景に、目撃者も止められなかったようです。


町中には、似顔絵や特徴の書かれた紙が貼られて、

指名手配のような状態になっていましたけど、

結局、捕まったという話は聞きませんね……。


ええ……あの少女が人間だかバケモノだかわかりませんが、

もう二度と関わりたくありませんね。


それに、そういう危機にあった時、

いつまた、おれの脳裏に人殺しがよぎるともわかりませんから。


ま、おれはもうあの町の住人じゃないので、

もう関係ないと思いたいですけど。


……え、引っ越した理由、ですか?


あの後、おれが自宅アパートに帰ったら、あったからです。

郵便受けに深く突き刺さった、さびた古い草刈りガマが。


===

※ 次回更新 → 5/26(月) ~ 2話

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