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154.異常な少女①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


おれ、よく散歩するんですよ。


住んでるトコが川のそばで、土手はキレイに整備されてて歩きやすいし、

日中……とくに夕方、仕事帰りとかかな。健康のためにも、よく歩いていました。


その日も、夏のジリジリとした暑さを感じながら、

赤く染まってきた空の下、アスファルトを歩き出したんです。


川沿いの土手は、マラソンする学生や犬の散歩をするおばあさんなどの姿もなく、

なぜか、不思議に静まり返っていました。


ジイジイと鳴く虫の声と、かたわらを流れる川のゴオゴオという水の音が、

夕暮れの風景の中、どこか寂しく響いています。


(誰もいないのはちょっと……いやな感じだな)


じっとりと重い空気と、吹きあがる汗。

暮れてきた赤い空と、ひと気のない土手の道。


確か丁度、前の日にはテレビで心霊特集をやっていました。


内容は、なんだったか。


水辺には幽霊が集まりやすい、とか。

幽霊が現れるときは、シン、と静かになる、とか。

黄昏時が、一番幽霊と出会いやすい、だったか――。


「……はは、バカらし」


すれ違う人がいない、というだけでビビるなんて、情けないにもほどがあります。


おれは速足で散歩コースを進みつつ、

今日は早めに切り上げようかな、なんて考えていると、


トットットッ……


土手の向こう側から、足音が聞こえてきました。


(あー、よかった……他にも人がいた……)


当たり前のことながら、緊張していた体から少し力が抜けました。


トットットッ……


軽やかな足取りで走ってきたのは、五十代くらいの男性でしょうか。

白いタオルを首に巻いて、荒い呼吸をしながら、スタスタと走ってきます。


すれ違う間際、おれは礼儀だろうと軽く頭を下げましたが、

男性はこっちをチラッと見た後、なぜかおびえたように顔をゆがめると、そのまま駆け抜けていきました。


(……なんだよ。気味悪いな)


なにもしていないのに、ああもあからさまにイヤな態度をとられるなんて。


ハア、と深く息を吐き出して、その場でおれは足を止めました。


空の色はなお赤くなり、鼓膜を叩く水の音は、

ザアザアと血潮のように響いています。


(……帰るか)


まだたいして歩いていないものの、

なんだか、いつもと調子が違います。


第六感、とでも言うべきか、

妙にそわそわするような気持ちがわいてきて、

おれは回れ右をしようとしました。


ガサガサガサッ


「……ん?」


土手の脇。草木が生えしきり、藪状態になっている草むらから、

大きな音が聞こえてきました。


土手の上から藪を凝視しても、

ただ葉っぱがガサガサと動くのが見えるだけで、本体の影はありません。


(うわ……タヌキとかキツネか? こっちに来ないうちに逃げよう)


襲われたら大変だと、さっさと自宅の方へと逃げ出そうとした時、


ガサガサガサッ……!!


ひときわ大きな音がして、それはまたたく間に、

おれのいる土手の方へと上がってきました。


「うわっ……!? え、あ……こ、子ども……?」


大量の葉っぱやツルを全身にくっつけて現れたのは、

まだ中学生くらいの女の子でした。


異常だったのは、そのいで立ちです。


川から泳いできたのかと思うほどにびしょ濡れで、

着ているジャージは真っ黒。


片手には、古い農業用のカマを持って、

反対の手で、大量の草をにぎっています。


カマは錆びて、彼女と同じくらいにびしょびしょに濡れて、

その不気味な姿も相まって、非常に恐ろしく見えました。


「ど……どうしたの……きみ……」


おれは思わず、そんな言葉をかけていました。


今にもカマを持って襲いかかってくるんじゃ、という恐怖より、

その異様な姿が、どうしても気になってしまったんです。


少女はおれには決して視線を合わせず、

ゆっくりと周囲を見回した後、口を開きました。


「……どこ、いった?」

「え……」

「走ってた男……どこ、いった?」


少女は、パカッと口を大きく開けて、首をかしげました。


幼さを感じさせる仕草だというのに、

なんだか妙に人形めいた、白々しい動きでした。


男。走っていた、男。


「えっと……白いタオル首に巻いてた、人?」

「……どっち、いった?」


少女は肯定の代わりに、ようやくおれと視線を合わせました。


彼女の口元が、わずかに引きつるように笑っています。

でも、その目はいっさい感情がなく、

まるで空洞をただのぞき込んでいるかのように見えました。


(……お、親子? にしては、なんかおかしい……)


異常な少女に、おれは言葉に詰まりました。


言っても、大丈夫だろうか。

なにか、巻き込まれたりしないだろうか。


「……どこ、いった?」


ギョロリ、と目玉が飛び出さんばかりに、

少女はジッとおれのことを凝視します。


その右手に構えられたカマが、夕日の赤にギラリと光って、

おれは額に脂汗が流れるのを感じました。


「……えっと……ちょっと前に、あっちに走ってったよ……」


おれは、視線に負けました。


少女から目を逸らし、男が走り去っていった方向を示すと、


「……あっち……あっち……」


と、少女はなんどもくり返しながら、

礼も言わずに走って行ってしまいました。


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