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153.中古の洗濯機③(怖さレベル:★★☆)


ピキリ、と体が固まったんです。


これはまさか――金縛り!?


焦って、指を動かそうと力を入れていると、


ぴちょん――ぴちょん


洗濯機のある方向――脱衣所の方から、水の音が聞こえてきました。


雫が滴るような、蛇口をひねり忘れたときのような、あの、音。


オレが目玉を動かそうとすると、

視界の端に、チラチラ、となにかが映りこみ始めました。


なにか赤い――赤い、もの。


金縛りの中、なんとか目だけを動かしてそれを確認しようとした途中、

オレはハッ、と気づきました。


赤い――赤い、ロングスカート。

これはあの、ビニール袋に押し込んだはずの、あのロングスカートだと。


ゾゾゾッ、と全身を寒気が襲いました。


やばい。あれはきっと、見てはいけないものだ。


そう、脳内で赤いランプが点滅します。


ぴちょん――ビチャッ、ビチャッ


水滴の音が、水の湿ったような音が、

だんだんと近づいてきています。


ダメだ。見たら、ダメだ。


おれは、必死にまぶたを閉じました。

それでも、鼓膜にはびちゃびちゃと濡れたような音が聞こえてきます。


寝ている布団の、すぐそばまで音はやってきて、


ビチャッ、ビチャッ、ビチャッ


と、布団の周りを、ぐるぐると回り始めました。


手も足も動かず、当然、布団をかぶることすらできません。


おれはただ、音のヌシが早くいなくなってくれ、と、

そう願うことしか、できません。


早く、早くあきらめて、どっかへ行ってくれ。


ぎゅっと強く目をつぶり、ひたすらに祈っていた、そんな時でした。


ビチャッ――ぴちゃっ


足の指に、濡れた感触。


――水だ。水が滴る、感触がする。


ぽたぽたと、冷たい水が足に伝わってきます。


皮膚が濡れる不快さと、ポタポタと断続的に滴ってくる水の音。


おれの横に。

いや、上に。


――なにかが、いる。


びしゃっ、ぴちゃっ


水の音は、さらに続きます。何度も、何度も。

おれの周りを、ぐるぐると渦巻くように。


ぴちゃっ、びちゃっ


足にかかる水の量は一定に、

でも止むことなく、冷たい雫が落とされ続けています。


濡れ続ける足、止まらない水の音。

くり返されるそれらに、おれはもう、恐怖で気が狂いそうでした。


(やめろ……もう、やめてくれ……!!)


声が出せていたら、きっと、みっともなく泣き叫んでいたでしょう。


体も動かせず、声も出せず、いつの間にか、まぶたも動かなくなっています。


(なんで……洗濯機買ったの、兄貴なのに!! なんで、おれの方が、こんな目に遭うんだよ……!!)


夜中の音を聞いたのも、赤いスカートを見つけたのも、

今こうして金縛りにあっているのも、すべて弟の自分です。


ただ、上京してきただけなのに。

なんにも、悪いことなんてしていないのに。

どうして、おれがこんな目に遭わなくっちゃいけないんだ。


そんな、八つ当たり染みた感情を、何度も脳内で思い浮かべていると、


ビチャッ、びちゃびちゃっ


と、足に勢いよく水がかかった感触と共に、


『……し……と……てる……』


と、ものすごく近くで、女の声がしたんです。


『……る……から……』


ごぼごぼと、水の音に混ざるような、聞きとりにくい声。


それでも、おれの耳には、

彼女の言っている言葉がハッキリとわかりました。


だから、バッ、と、思い切り顔を上げたのです。


まぶたを開いた視界の先で、おれは、女性と目が合いました。


いや――それを、生きている女性といっていいものか。


顔は水気をふくんでぶくぶくに膨らんで、

顔色は白や青を通り越し、もはや緑がかっていました。


腕や足があったであろう位置もぐずぐずになり、

もはや、人の形をしていません。


ボタボタと全身から水を滴らせ、

おれのことをジーッとにらむ、その恐ろしさといったら。


まぶたの間から見える黒い目は、ハッキリと憎しみの色をしています。


女性はゆらゆらと体を左右に揺らしつつ、

ボタボタと水を滴らせながら、おれの体に乗り上げてきました。


足に、腹に、胸に。

びちゃびちゃと、水が。次々に、水が滴ってきます。


歪んだ彼女の腕が、ぶよぶよと、

ビニール袋のような感触を持って首にゆっくりと伸びました。


にらむような眼差しがおれを見て、

顔にも、水が。びちゃびちゃと、水が滴って。


首にかかった指が、ぐい、と押し込められて――

おれはもう、耐え切れずに、気を失ってしまいました。




「う……うぎゃぁぁアア!?」

「……わっ!?」


朝。


聞こえてきたとんでもない悲鳴に、おれは意識を取り戻しました。


パッ、と目を見開くと、目の前には腰を抜かした兄貴の姿。


その瞬間、おれは昨晩のことを思い出し、

慌てて周囲を見回したんです。


「うっわ、わ……ひ、ひぇ……っ」


しかし、おれはその瞬間、

腰を抜かして、再び布団の上に逆戻りしました。


兄貴が見つめる視線の先――おれの布団をグルッと囲むようにして、

赤い濡れたスカートが、何枚も何枚も、びっしりと敷き詰められていたんです。


さらに、おれは全身ずぶぬれ。

その上、布団もびっしゃびしゃに濡れまくっていたんです。


ヤバイ。あの洗濯機は、マジでヤバイ。


おれも兄も、さすがに命の危険を感じたため、

電気屋で洗濯機を即日購入すると、

かなり無理を言って、そのまま当日中に交換してもらいました。


部屋にバラまかれていた赤いスカートも、

全部ゴミ袋に押し込めると、燃えるゴミの日が待てず、

その日中に処分場へと持ち込みしましたよ。


部屋の中も、もうびっしゃびしゃになってしまって、

布団はダメになるわ、畳も履き替えになるわで、

本当にもう、散々としか言いようがありません。


幸い、洗濯機を買い替えた日以後は、

怪奇現象が起こることもなく、おれもこうして、無事に日々を過ごせています。


あのスカートは、前の洗濯機の持ち主のものだったのか、

それとも、洗濯機の持ち主が、あの赤いの女性になにかをしてしまったのか――。


もうあの洗濯機は手放しましたし、

これ以上、原因を探る気もありません。


ただ、あの夜。

おれに話しかけてきた女が言っていた内容。


どろどろに溶けた目を歪ませ、

いかにも憎らしそうに語りかけてきた言葉は、今も忘れられません。


『……似てるから。わたしを殺した人に、あんたは似てるから、と』


兄弟ではあるものの、

兄とおれとは、だいぶ毛色が違う顔をしています。


兄は母に似ていて、おれは父に似ているんですよね。


だから兄弟であっても、彼女曰く、殺した人間に似ていたというおれに、

あの幽霊は現れたのでしょう。


……ホント、ただ、顔立ちが似てたってだけで。はた迷惑な話です。


え? いやまさか……うちの父が、ですって?

そりゃ、ただの偶然。きっと、他人の空似ですよ……はい、きっと。


中古の商品や、リサイクル品。

ものを大切にするのは大事ですが、

思っている以上に、ものには気持ちが宿るものです。


気をつけましょうね……ええ、いろんな意味で。


※ 次回更新 → 5/12(月) ~ 2話

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