151.赤い紙、青い紙⑤(怖さレベル:★★★)
しかし、その首の断面部からは、
じわじわと赤い液体が広がっていました。
懐中電灯に照らされて、
口をぽかんと開けてマヌケ面の三ノ田の顔が、
自分自身の返り血を浴びたおぞましい姿で、おれのことを見ています。
なにが。
なにが――起きた?
まったく身動きがとれないおれをよそに、
ふと、どこからか、再び声が聞こえてきました。
『赤い紙は、これでおしまい……次は、青い紙をやろうかぇ……』
赤い、紙。
赤い紙といえば、血が噴き出して、死ぬ。
じゃあ――青い紙、は?
ぶわっと全身の毛穴が開き、
口の中がカラカラに乾きました。
三ノ田は死んだ。
赤い紙を選んで殺された。
でも、三ノ田はこう言っていた。
『赤い紙も青い紙も、せっかくだからどっちももらっていきますよ』
じゃあ、青い紙をもらうのは――おれ?
「い……っ、いらない! いらないいらない、青い紙なんて、いらない!!」
おれは、全力で首を横に振りました。
足はガクガクと震え、腕も動かず、声だってかすれていましたが、
全身で拒絶を、青い紙がいらないことを示しました。
『ほう……? さっきは両方と聞いたんだがなぁ……?』
「い、言ったのはソイツだ! おれはなにも言ってない! おれは、何色の紙もいらない……っ!!」
おれは、すべての責任を三ノ田になすりつけ、
自分は、自分だけは助かろうとしたんです。
ええ、卑怯でしょう。
人でないしと言われたって、否定できません。
でも、どうしても、死にたくなかったんです。
「だから、おれは、いらない!!」
『……そうかぇ……いらないのかぇ……』
老人の声は、だんたんと尻すぼみに小さくなっていきます。
おれはガクガクと足を震わせつつ、
トイレの出口に向かって、後ずさりました。
そうして視界が開けると、三ノ田の体が、
よりはっきりと広角に、懐中電灯に照らされました。
ドロドロと床に広がっている赤い血と、
ピクリとも動かない胴体、虚空を見つめる真っ青な首。
その顔と、一瞬。
ほんの一瞬、目が合ったような気がして、
おれは思わず悲鳴を上げかけました。
「ひっ……お、おれ、もう帰るから!! さよなら!!」
おれは、後ろ手に入り口のドアノブを回すと、
そのまま倒れるような勢いで、トイレから飛び出しました。
『……さ……つぎ……き……い……』
開いたままの扉から、なにか、ぼそぼそと声が聞こえたけれど、
おれはもう、とにかくものすごい勢いで、公民館の廊下へと転がり出ました。
ドタンッガシャン、バァン!!
あまりに慌てすぎて、ものすごい音を立てつつ、
したたかに床に体を打ち付けたくらいです。
「お……おい、大丈夫か!?」
「どうした、なにがあった!?」
ドタバタしていたおかげか、
お化け役で潜んでいた大人たちが、すぐに出てきてくれました。
床から起き上がれないまま、
おれは必死で、トイレの中で起きた出来事を話したんです。
でも、焦っていたし怖かったしで、まるきり支離滅裂。
ただ、なにか異常事態が起きたことだけは伝わったようで、
彼らは慌ててトイレの中へと駆け込んでいきました。
三ノ田の死体が見つかって、大騒ぎになる。
そう思いつつ、ボーっと大人たちの後ろ姿を見送ったのですが、
「……うーん?」
「おかしいなぁ」
と、彼らはそろって首を傾げて、トイレから出てきたんです。
明らかに、死体を見つけた、だとか、
血の跡に怯えた、とか、そういう反応ではありません。
「せ、先生、三ノ田は……!?」
「いや……誰も、いないが?」
「はぁ!?」
おれは、腰が抜けたのも忘れて立ち上がり、
再び例のトイレへと飛び込みました。
しかし。
あの血みどろの惨劇の現場は、
いっさいなんの跡形もなく、キレイさっぱりとなくなっていたんです。
(まさか……騙された……!?)
三ノ田の、あのふざけた態度を思い返し、
そこにいた大人たちに、おれをおちょくってるのか、と食って掛かりました。
「いやいや……それに、さっきから不思議に思ってたんだが、三ノ田って誰だ?」
「は……? 誰、って、なにが」
「だって、なぁ? 名簿見たって、そんな名前はないし」
「っていうかお前、ひとりで大丈夫だって豪語して、ラスト一人参加っつー話だっただろ」
「え、ひとり……え?」
と、明らかに会話がかみ合わないんです。
あれだけおれにくっつき、怖がっていた三ノ田の存在を、
他の誰も、大人は当然、肝試しが終わって戻ってきた子どもたちも、
認知していなかったんです。
そもそも、言ってることだっておかしい。
ひとりで大丈夫、とは確かに言ったかもしれません。
でも確か、そういうわけにはいかないからと、三ノ田がペアになったはずなのです。
それに、三ノ田は今回参加しなかった、というだけではなく、
完全に、存在しなかったもの、となってしまっていたんですよ。
ええ……おれと同じ育成会のメンバーで、
同じ小学校に通っていた、三ノ田という存在――
それ自体が、初めからいなかったことにされていたんです。
あいつとは、クラスだって一緒だったのに、
教室へ行ったら席がない。
クラスメイトに聞いても、
そんなヤツ初めからいなかった、っつーリアクションしか返ってこない。
おれは最初、わけがわからなくて、
自分の頭が狂っちまったのかと思いましたよ。
でも――もしかしたら、って気づいたんです。
あいつ――赤い紙と引き換えに、
全部、あっちへ持って行かれちまったんじゃないか、って。
そして、だからこそ、あの公民館には
『赤い紙、青い紙』の逸話が残っているんじゃないか、って。
きっと何年かに一度、
三ノ田と同じ目に遭う生徒がいるんでしょう。
そういうとき、偶然、おれみたいな同行者がいれば、
『アレ』はあったことだとささやかれる。
でも、存在しなかったことにされてしまうから、
公民館自体は封鎖されずに、また次の犠牲者が出てしまう。
きっと、三ノ田が消えた数年後にも、
誰かが被害にあっているんでしょうね。
……え? なんでわかるか、って?
だって、あいつ。
おれがトイレから逃げる直前、こう言っていましたから。
『さぁて……次に引き込むのはいつにしようかねぇ……』
って。
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次回更新 → 4/14(月) 短編1話
 




