151.赤い紙、青い紙②(怖さレベル:★★★)
例えるなら、ドラえもんののび太みたいな性格、とでもいえばいいでしょうか。
いや、まだのび太の方が度胸がある、と言えるかもしれません。
この三ノ田は、肝心な場面でも逃げ出すし、
のび太よりももっと卑屈で、根暗な性格をしていましたから。
「でも……もし、本当に幽霊が出たらどうするの?」
「どうもしねぇよ。つーか、出るわけねェし」
「そうかなぁ……そうだといいけど……」
参加人数が多く、なかなか順番がこないせいか、
三ノ田はソワソワと不安そうに体を揺らしています。
肝試しは、二人一組での挑戦。
大人の計らいで、おれはこの三ノ田とペアにされてしまっていました。
まぁ、同じ男同士だし、気楽っちゃ気楽なものの、
根っからのビビりな三ノ田が、となりでギャアギャア騒ぐのを聞くのかぁ、と思うと、
ちょっとゲンナリした気分でもあります。
そして、いい加減待つのに飽きてきたタイミングで、
「……はーい、次! 最後のペア、中に入って~」
と、ようやく順番が回ってきたのでした。
古びた懐中電灯を持たされ、公民館の中へ入りました。
回るルートは決まっていて、
入口から入って、床に置かれたフットライトをたどり、
いくつか部屋を回って、トイレまで向かいます。
道中、お化け役があちこちに潜んでいて、
突然音を鳴らしたり、背中を撫でたり、床や壁から手が突き出してきたりと、
いろいろと趣向を凝らしてきました。
いちいちビビる三ノ田を横目に、
おれは終盤まで進んでも、全然余裕がありました。
(今年はこんなもんか……おれが参加してた去年の方が、怖くできてたな)
今までの5年間、ずっと企画側で参加していたんです。
だいたいの驚かしパターンはわかっているし、
使っているお化けグッズも数年前からの流用だしで、
おれは怖さよりも、面白さの方が勝っていたくらいでした。
まあ、同行者がことさらビックリしたり悲鳴を上げてたりしたので、
余計に冷静でいられた、ってのはあると思いますけど。
「たっくん……! ヤバいよ、おれ、もう帰りたい……!!」
「なーに言ってんだよ。あとはもう、トイレ行って終わりだろうが」
泣きべそをかいている三ノ田の背中を叩きつつ、
ようやく最後である、トイレへと近づいた時でした。
「……お?」
ふわふわふわ、と、目の前に白い光が揺らぎました。
「た、たっくん……! ひ、人魂が浮かんでる……!!」
うす暗い公民館の廊下を、
手のひらサイズの光が、ふわふわと揺らいでいます。
確かにそれは、まるで火の玉のようにユラユラと飛んで、
そのまま、例のトイレの中へと、フワーッと消えていきました。
「ねえ、見た!? 見たでしょ、今の!!」
「見たけどさあ……あれ、光を壁に映してるだけだろ? どっかにプロジェクターかなんかがあるだけだって」
と、おれの腕をつかんで揺さぶってくる三ノ田をなだめつつ、
内心「へぇ」と感心しました。
(今回、こんなんもあるのか。凝ってるな)
たしか、去年も似たようなことをやろうとして、
炎の映像を、パソコンから壁に映したりしたんですが、
どうやっても、のっぺりとした、いかにもな映像感が出てしまっていたんです。
でも、今回のそれは、まるで本当に人魂が飛んでいるかのように、
今にも手で触れそうなくらい、リアルな映像でした。
本当に、その場に浮遊しているかのような――。
(まさか本物……な、わけないよな……)
ほんの一瞬。
その一瞬だけ、背筋がゾクッとしたものの、
ブンブンと首を振って、恐怖を振り払いました。
六年生になるまでの五年間、
なにも、怖いことなんて起きなかったんです。
今更になって『なにかが起きる』なんてことあるわけがない。
おれは、ビビる三ノ田の目の前に立ち、
思い切って、ガバッとトイレのドアを開けました。
「あっ、ちょっ、た、たっくん!?」
「ほら、三ノ田、サッサと済ませて帰るぞ」
背中にすがってくる三ノ田をそのまま引きずるようにして、
おれはスタスタと中へ入りました。
――シン、と中は静まり返っています。
男子トイレなので、入って左側には小便器が三つ並び、
右側には個室が二つ、そして掃除用具入れがひとつ。
電気はついておらず、
照明のスイッチは張り紙で覆われ、押せないようになっていました。
窓は開いているものの、トイレの独特の臭気が、
夏の蒸し暑さと相まって、不快感を高めてきます。
明かりは、おれたちが持つ懐中電灯と、
足元に置かれている、いくつかのフットライトのみ。
今まではへっちゃらだったおれも、
そのトイレの雰囲気は、腰が引けました。
「ね、ねぇ……た、たっくん」
「……な、なんだよ、三ノ田」
おれが少々雰囲気に気おされていると、
グイグイ、と三ノ田が腕を引っ張ってきました。
「えっと、赤い紙か青い紙をとって帰る、だったよね……?」
「あー……そうだよな。そういう話だったけど」
「お……置いてない、みたいだけど……」
「……えっ?」
懐中電灯で、ぐるっとトイレ全体を照らしました。
トイレの真ん中、個室と小便器の間に小さな机が置かれています。
そこには、白い紙におどろおどろしい文字で、
『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか』
と書かれていました。
しかし、肝心の色つきトイレットペーパーが、
ひとつもその場に置かれていなかったんです。
(前のペアが、間違って二つとも持っていっちまったとか……?)
二人一組で回る、というシステム。
カン違いして、二人で二つトイレットペーパーを持って行ってしまった、
くらいしか、無い理由が考えつきません。
それか、トイレ担当がペーパーを補充するのをすっかり忘れているかの、どちらか。
「あ~……しょうがねぇな。無いもんはどうしようもねぇし、このまま手ぶらで帰るか」
「え……でも、怖くて持って帰れなかった、って思われるんじゃ」
「……そりゃあシャクだな、確かに」
目に見える証拠がなければ、
言い訳としか思われないかもしれない。
企画側のミスなのだから、
躍起になることもなかったんですが、
当時はとにかく、バカにされるのが我慢ならなかったんですよね。
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