150.アパートの隣人①(怖さレベル:★★☆)
(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
隣人トラブルというのは、現代においても、
よく遭遇するお悩みのひとつだと思います。
一軒家はもちろん、集合住宅となると隣と隣、上と下。
騒音トラブルが大問題になる、なんてこと、往々にしてあることですよね。
おれが大学を卒業し、就職を機にひとり暮らしを始めたときには、
そんなこと、ちっとも頭にありませんでした。
まぁ、うちの親がわりと放任主義で、
独立したら好きに暮らせ、みたいな感じで、
住宅や暮らしに関するアドバイスが何一つなかった、というのも大きいかもしれません。
もちろん、高校、大学と費用を出してもらったんだから、
感謝はしていますけどね。
おれの一番の条件は、
勤める会社にとにかく近い、ということ。
なんせ、出社ギリギリまで寝てたかったもんで、
通勤時間が短いってのが最重要だったんです。
そして二番目はもちろん、賃貸費用が安い、ということ。
収入を考えれば、安けりゃ安い方がいい。
ただ、おれは大の怖がりだったんで、
いっくら安くても、事故物件だけはNGでした。
だから、ネット上でいくつかめぼしい賃貸をチェックした後、
念には念を入れ、事故物件を表示するサイトもしっかり調べました。
実は「瑕疵あり」だった、なんて洒落になりませんからね。
順調に決まった、そのアパートの一室。
築三十年ほどの、ワンフロア五部屋、二階の202号室。
ちゃんと内見もすませ、引っ越しは兄弟に手伝ってもらって、
あっさりと終わりました。
兄に「一応引っ越しの粗品配っといた方がいいよ」と言われ、
おれは洗剤を用意して、上下左右の部屋に、ついでに回ったんです。
上と下、つまり102と302は、どちらも年下の大学生の男子。
となりの201号室は表札もなく、管理人に確認したら空き室とのことでパス。
最後、203号室は表札はあるものの不在。
仕方がないので、後日伺おうと、その日はスルーしました。
でも、おれがひとり暮らしを始めて一週間。
朝、夜、休みの日の昼間とチャイムを鳴らしても、
いっつも不在にしているようなんですよね。
念のため管理人に聞いてみたところ、
203号室は、ひとり暮らしの女性が住んでいるようでした。
おれが男ということで警戒しているのか、
もしくは夜職とかで時間が合わないのか。
このままダラダラ待っていてもしょうがないので、
ドアノブにビニール袋ごと洗剤をひっかけて、
引っ越しの挨拶の手紙を同封しておいたんです。
すると、翌日の朝。
おれが出勤するときに確認すると、洗剤の袋は消えていました。
もしかして、ずっと居留守だったのか?
おれはちょっとだけ不気味に感じたものの、
深く関わることもないだろうし、と、気にしないようにしていました。
そうして、特になにか問題が起きることもなく、
二カ月ほど経過した頃。
おれの隣の201号室に、新しい人が引っ越してきました。
そいつは、おれと同じ新社会人。
なんでも、実家からしばらく通っていたものの、
通勤に時間がかかり過ぎるっていうんで、
ここに引っ越してきたんだ、と話していました。
同年代で男同士。
203号室の謎の女性に比べて気楽で、
おれはホッと一安心したのを覚えています。
ただ、です。
この隣人――新社会人の男が、ちょっと厄介なヤツだったんです。
というのもコイツ、夜、めっちゃ騒ぐんですよ。
会社の同僚なのか、大学時代の友だちを呼んでるのかわかりませんが、
男数人で、ギャーギャーうるさいのなんのって。
毎日ってわけでもないんですが、
休みの前の日となると、深夜帯でも遠慮なしです。
クレームをつけに行こうか、と思ったこともあるんですが、
その……おれは、お恥ずかしいことにビビリでして。
ひとりでとなりの部屋に乗り込む、なんつーこと、とてもできません。
だからその日。夜、騒がしい音が鳴り始めた頃に、
おれは荷物を持って部屋を出ました。
こんなうるさいんじゃ、ロクに眠れない。
せっかくだし、実家にでも帰って過ごそう。そう、思ったんです。
(はぁ……なんで、こっちが気をつかわなきゃいけないんだ……?)
部屋の鍵を閉めつつ、ため息をつきます。
今度、管理人へチクッてやろうか。
そうすれば、少しは収まるか?
そんなことを考えつつ、カバンにカギをしまいこみ、
階段に向かおうとした時でした。
キィ……
となりの、203号室の扉が、開いたんです。
(……え、っ?)
このアパートに入ってから今日まで、
一度も開いたのを見たことがなかったのに。
思いもよらないできごとに、
階段へ向かっていた足が、ピタリと止まります。
廊下についた蛍光灯がほんのわずかに、
203号室の入口を照らして、
ドアノブを握る手だけが、やけに白く見えました。
「あ……ど……どーも……」
素通りするのも気まずくて、
おれはかすれ声で、小さくあいさつだけを言いました。
すると、薄く開いたドアのスキマから、
か細い声が聞こえてきたんです。
「……オマエか……?」
一瞬、男かと思うくらい低い声です。
「え……?」
なにを問われているかわからず、
おれはただ、困惑することしかできません。
「……騒いでいるのは……オマエか……?」
か細い声が再び、ゆっくりと尋ねてきました。
言葉の意味が脳に回って――瞬間、おれはブンブンと首を横に振りました。
「ま、まさか……っ!! あれはとなりの201号室のヤツで……その、おれじゃありません……!」
こっちだって迷惑をこうむっているのに、カン違いされるなんてとんでもない!
もし管理人に、おれがうるさくしているなんて通報されたら、たまったもんじゃありません。
おれがハッキリと否定すると、
うっすらと開いていた扉は、
――バタンッ!!
と激しい音を立てて閉まりました。
「ええ……??」
疑いをかけるだけかけられて、謝罪の言葉もなしです。
(せっかく良いところに引っ越せたと思ってたのに……大外れだったかなぁ……)
おれはいろいろなことに後悔をしつつ、
トボトボと実家に帰ったのでした。
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