149.浸食するホラーゲーム①(怖さレベル:★★☆)
(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
あれは、おれがまだ大学生だった頃の話です。
おれの友人で同じく大学生の、手島ってヤツがいたんですけど、
コイツが、いわゆる根っからのゲーマーでして。
親がプロゲーマー一歩手前、ってくらいにゲームが得意で、
それを受けて、立派なゲーム好きになった、ってのがヤツの言い訳でした。
当然、家にはいろんなゲームが用意されていて、
おれはよくお邪魔して、一緒にゲームをやらせてもらってたんですよ。
ゲームの腕は、まったく手島に歯が立たなかったけど、
そんなふうに指が動くのか!? ってくらい鮮やかなヤツのプレイングは、
ただ横で見てるだけでも、なかなか面白かったんですしね。
その日、おれがヤツの家に上がり込むと、
ちょうど手島は、新しく買ったらしいゲームを袋から取り出しているところでした。
「お、来たな! 中古で、昔のゲームが安く手に入ってさ。普段あんまやらねぇジャンルなんだけど、どうだ?」
と言って、ヤツが見せてきたのは、
表紙におどろおどろしい日本家屋と、
血まみれの子どもが描かれたいかにもなホラーゲームのパッケージでした。
「マジか……ホラーゲーム? 怖くねぇ?」
正直、おれはそこまで怖いのが得意じゃなかったので、
若干引き気味の反応を返しました。
しかし、手島はポリポリと頭を掻きつつ、
「いやー、いっつもシューティングかアクションだろ? 最近ちょっと飽き気味でさぁ……それにこれ、ホラーっつーより謎解きメインみたいだし」
「……ふ~ん。じゃ、たまにはいいか」
おれは持ってきた飲み物やら食い物やらをテーブルに起きつつ、
手島がゲームを起動するのを眺めていました。
今より十五年くらい前につくられたそれは、
やや粗いグラフィックで、オープニングムービーを流し始めます。
「おいおい……なかなか雰囲気あんじゃん」
「だろ? 結構、ネットでの評判も上々でさぁ」
いかにもなポリゴンでてきたキャラクターがカクカクと動き、
今では逆にできない、なんともいえない不気味さを演出していました。
ゲームのストーリーとしてはありがちで、
『行方不明になった姉を捜すため、幼い妹が日本家屋に迷い込む』
という、あまり練られていない展開から始まります。
ゲーム自体の雰囲気としては、クロックタワーが近いでしょうか。
ただ、あのゲームのようなアクション要素はあまりなく、
怪異を体験しつつ謎解きをくり返していく、という、
どちらかというと、アドベンチャーゲームに近いものでした。
「……あれ? さっきの答えって、こっちかな」
「いや……数字の桁数が合わねぇから、別んとこのじゃないか」
あぁでもないこうでもない、と、手島と一緒になって謎解きをするのは案外面白く、
普段やらないホラーゲームだというのに、二人して、思った以上にのめり込んでいました。
「……へ~、ここで例の香りが出てくるのか」
「ってことは、敵が出てくるってことだな?」
「つまり、ここを迂回して進んで、と……」
そして、このゲームで特徴的なのは『幽霊の香り』という要素があること。
”熟れ過ぎた果実のような匂い”なんていう、
わかるようなわからないような、なんともいえない香り。
主人公には霊感があり、匂いで幽霊を感じ取ることができて、
特定の香りがした場合、謎解き中でも場所を移動しなくてはなりません。
香りがするのに長く場所にいるとゲームオーバー。
おどろおどろしいBGMと黒い画面でやり直しです。
それがけっこう面倒な上にたいして意味もなく、
この中古ゲームがあまり世の中に広がらなかった原因、とも思われました。
「うわーまた出たよ、幽霊の香り!」
「ってことは、またこの場所一周する感じ?」
「しんど~……」
あまり幽霊も出てこず、恐怖心が薄れたこともあり、
あぁだこうだと一緒になってプレイしていたら、すっかり遅い時間。
まだまだゲームは序盤だったため中断し、
また後日、ということでその日は帰宅したんです。
そして、それから約5日後。
おれはまた、手島の家を訪れていました。
「おーい、来たぞ~……んん?」
と、ヤツの部屋に入ってすぐ、嗅ぎなれない匂いがしました。
首をかしげるおれに気づいたらしく、手島が苦笑いしつつ、
「実はさぁ、おととい帰ってきた妹が芳香剤置いてったんだよ。兄ちゃんの部屋、クッサ! とか言ってさぁ」
「妹、容赦ねぇなぁ……」
手島には三つ年下の妹がおり、
今は上京して家にいないものの、ちょくちょく里帰りしてくるらしいんです。
よく見れば、部屋の入口には、
よくドラッグストアで見かけるような芳香剤が置かれていました。
「ちょっとビビったわ。あの、館の匂いかと思った」
おれは思わず、ため息をついて上がり込みました。
なにせ、あのホラーゲームはやたら『香り』を重視しています。
そこに来て、急に嗅ぎなれない匂いがした、となったら、
まさかゲームが現実世界に浸食して……? なんて考えてしまったんです。
「あー言われてみりゃあそうだな……チッ、失敗したな。シャボンの香りじゃなくて、もっとバニラとかいちごとか、甘い香りのヤツ置いてもらっときゃよかったわ」
「お前な……ダメージを受けんのはそっちだぞ」
なんて軽口を交わしつつ、手島は慣れた手つきで、
この間のホラーゲームを機械にセットしました。
おれは隣に陣取ると、また前の時のように、
あぁだこうだと謎解きに口を挟みつつ、ゲームを進めて行きます。
「お、ここのカギが取れたってことは、あっちの部屋が開くってことだよな」
「ってことは、ようやく別棟に突入か?」
「マジで、この屋敷いくらなんでも広すぎねぇか? 部屋の数いったいいくつあるんだよ」
などなど、ホラーゲームにありがちな愚痴をこぼしつつも、
おれたちは中々楽しんでいました。
今から十五年くらい前のゲームなのに中々ボリュームもあり、
長い時間プレイしていますが、まだ半分も攻略できていない気がします。
この館では実験と称して、数々の人間が殺されており、
その実態を探るため、新聞記者である主人公の姉が赴き、姿を消した――というのが、
ここまでプレイしたおおまかな流れ。
一応ホラーゲームではあるものの、
このゲーム会社の技術ではリアルな幽霊は作れなかったらしく、
時々出てくるポリゴン画像は、人魂のようなあいまいな姿のものばかりです。
「ん~……この、熟れ過ぎた果実のような匂い、って……どんな匂いなんだろうなぁ」
何度目ともしれない香りの邪魔に辟易しつつ移動していると、
ボソッ、と手島がそんな言葉をこぼしました。
「めっちゃ甘い匂いじゃねぇの? ほら、桃とかいちじくとかあぁいう感じの」
「幽霊が出てくる、ってシチュエーションにはあんまり合わねぇよなぁ……ほら、腐ったみてぇな臭いとか、下水みたいな臭い……とかならわかるけどさぁ」
「たしかに……血の臭いとか、鉄っぽい臭い、とかじゃねぇんだな」
その理由も、ゲームの真相を追っていけば明らかになるんだろうか。
おれたちはそんなことを話しつつ、その日もちまちまとゲームを進めていきました。
翌日は、幸い休み。
二人して予定がないこともあり、
おれたちは夜通し、ゲームをプレイしていました。
しかし、どうにも――ちょっと、変、なんですよ。
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