145.鏡の知らせ①(怖さレベル:★★☆)
(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
怖い話に出てくるアイテムというと、なにが思い浮かびますか?
これは、人それぞれではあるでしょうが、
塩、お札、お守り、お面、人形……などなど、さまざまなものがありますよね。
とはいえ、この話のタイトルに『鏡』とついている時点で、
多くの方は、まっさきに鏡を思い浮かべられたんじゃないでしょうか。
なんというか……鏡って、恐ろしいですよね。
自分の姿を、まったく同じに投影しているだけなのに、
なんだか、未知の世界を覗いているような気持ちになることはありませんか。
怖い話の定番で『鏡の向こうの世界』がよく出てくるのも、
そういう神秘性や恐怖を、うっすらと感じている人が多いからかもしれません。
そして……ええ、今回、私がお話をさせて頂くのも、
この『鏡』にまつわる怖い話なんです。
始まり……というかキッカケは、
私が地元で開催されたフリーマーケットに参加したこと。
そこで、知り合いの手伝いで店番をしたんですが、
そのお礼、ということで、可愛らしい折りたたみ式のコンパクトミラーをもらったんです。
表面に赤い和柄が貼られたそれは、ちょっと値が張りそうなシロモノ。
知り合いの実家に眠っていたアイテムらしく、
今日フリーマーケットで売る分とは別に、とっておかれたものを分けてくれたんです。
私はありがたく頂戴し、化粧ポーチに入れて、
会社の昼休み、化粧直しの為にミラーを取り出しました。
年代ものらしく、しっかりと重みがあり、
なんとなく手のひらになじみます。
今まで使っていた安物とは違うなぁ、なんて感想を抱きつつ、
いつも通り、休憩室でメイクを直していた時でした。
(……ん?)
消えた眉尻を足していた手が、一瞬、真っ黒く焦げました。
「え……?」
ポロッ、と手からコンパクトミラーが落ちて、
テーブルの上にカシャンと落下しました。
半開きの鏡は、おびえた表情の私と天井を映しています。
さっきの一瞬の映像なんて、まるで無かったかのように。
(なんか今……映り方が変だったような……)
まるで、腕の皮膚が炭化したかのように、
真っ黒く変色していた、気がする。
でも、何度瞬きをしても、直した眉を鏡に映してみても、
さっき一瞬映ったような歪みは、いっさい見当たりません。
ただの見間違いか、白昼夢。
気のせいだと自分に言い聞かせたものの、なんとも釈然としません。
(……まさか曰くつき……とかじゃないよね……?)
思わずコンパクトミラーをひっくり返してみたり、
鏡の角度を変えてチェックしてみたりましたが、
なにか歪んでいたり、鏡が反っていたり、ということもありませんでした。
「……心霊、現象?」
ふと、そんな声がポロリとこぼれました。
古いものには魂が宿る。
まさか、この鏡に?
「なんて、まさか……ね。ちょっと見間違えた、それだけだし」
せっかくお礼としてもらったものです。
フリーマーケットを手伝った知り合いとは付き合いも長いし、
そんなものを渡してくる人ではありません。
どうせ、光の加減とか、白昼夢のようなもの。
私はそれきり、深く考えることをやめ、
コンパクトミラーは再び化粧ポーチの中へと仕舞われたのです。
それきり、怪しいことは起こらない。
そう――だったら、よかったんですが。
翌日、いつも通りに午前中の仕事をこなした私は、
お昼の休憩時間に入りました。
脳裏には、昨日の映像もチラリとよぎりましたが、
さすがに何度もそう変なことは起きないだろうと、
そっと化粧品ポーチを取り出しました。
休憩室はガランとしていて、私以外誰もいません。
会社の奥まった位置にあるそこは、
普段であればなにも気にならないのに、その日はやけに、静けさが耳に染みます。
カチャン、と、化粧品を動かす音がやけに大きく響き、
私はなんだか、無意味に緊張してきました。
(いつも通りだよ……なにも起きないって……)
暗示のように言い聞かせつつ、
私はいつも通り、コンパクトミラーを開きました。
ズズッ……
「……ん?」
鏡に映った視界の端で、なにか、赤いものが動きました。
私はパッと振り返りましたが、そこにはただ壁があるだけ。
でも、確かに。
ほんの一瞬、背後でなにか、赤いものが揺らめいたのに。
(今の……火? ゆらゆらして……一瞬、だったけど……)
手のひらの上のコンパクトミラーを、
私はジッと凝視しました。
青白い顔をした自分自身が、鏡を通して、
こちらを見つめ返してきます。
見慣れた顔のはずなのに、その青白さが妙に不気味で、
私はとっさに、ミラーを畳もうとしました。
その、うっすらと閉じようとした鏡面。
そこに、ほんの一瞬。
ほんの一瞬――真っ黒になった人間の頭部が、見えました。
「ヒィッ!?」
カシャン、と音を立てて、
床にミラーが落下しました。
手はブルブルと震え、まぶたの裏にはたった今見えた物体が、
色濃く映像として焼き付いています。
真っ黒に焦げた頭部。
それは、見覚えのある――自分の頭、だった。
「ぐっ……!!」
私は吐き気をこらえきれず、そのままトイレに駆け込みました。
「はぁ……ただいまぁ」
自宅に戻った私は、雑に靴を脱ぎつつ、
ドサッ、と玄関にカバンを下ろしました。
結局、午後の仕事もなんとか終わらせて帰宅したものの、
なんとなく体調もよくないし、なにより、
例の鏡で見た映像が、何度も脳裏にチラついています。
(なんであんな黒焦げの映像が……もしかして、昔あの鏡を使ってた人の……?)
知り合いは、あの鏡は実家にあった、と言っていました。
もしかしたら、はるか昔の所持していた人が、
火事かなにかで亡くなっている、とか?
もしそうだとしたら――鏡に、黒焦げの姿が映るのは、ただの嫌がらせ?
果たして――それだけ、なのか。
私はイヤな考えが浮かんで、思わず玄関前で立ち尽くしました。
鏡に、黒焦げの自分が映る。
それと同じことが――これから、起こるとしたら?
私自身が鏡に呪われて――その結果、焼死する、なんてことは?
「ば、バカね……あるわけないじゃない、そんなこと……」
私はとっさに浮かんだ思考を振り払いつつ、
洗面所へと飛び込みました。
今までだって、リサイクルショップやフリーマーケットで掘り出し物を買ったことはあるし、
そんな曰く染みた現象が起きたことなんてありません。
きっと、気のせい。見間違い。
疲れた自分が見せた、ただの幻覚。
もう、あのコンパクトミラーを使うのはやめよう。
なにか、別の――適当に雑貨屋で探してきたのを、これからは使おう。
私はそうやって気を散らしつつ、
化粧を落とすために、洗面所の鏡の前に立ちました。
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