144.冬のビニールハウス③(怖さレベル:★★☆)
「ったく、なんだよ……!!」
この、とてつもなく急いでいるときに!!
おれは打ち付けたひざを押さえつつ、つま先へと視線を向けました。
「ひっ……!?」
そこには、石が転がっていました。
いえ、正確に言うと、ただの石ではありません。
破片です。
地蔵の体の一部、腕や足、首や腹、
そういった体がバラバラになった四肢の破片が、
足元にいくつもいくつも、山ほど転がっていたんです。
「そ、んな……なんで……!!」
この道は何度も通ったことがあるけれど、
今まで、こんなものを見たことはありません。
おれが、地面にひっくり返ったまま呆然としていると、
ゴンッ、ゴンッ
すぐ背後から、重い音がしました。
地面を、重いものがたたくような音。
車や、人間の足音ではけっしてない、
なにか重量をもったものが、飛び跳ねて近づいてくるような、そんな音――。
「う……あ……あ……!」
見ちゃいけない。
振り返っちゃいけない。
ゴンッ、ゴンッ……コン
音が、すぐ後ろで止まりました。
尻もちをついた状態の、おれの背中。
すぐそこに、なにかが――いる。
コン
小さな音。
それとともに、肩に。
つめたい、人の体温ではありえない、冷たいものがそっと触れて――
おれは、パッタリと、その場で意識を失ってしまいました。
ええ……情けない話ですが、おれが覚えているのはそこまでです。
気を失ったおれは、道のまんなかで転がっているところを、
近所の農家の人に見つけてもらいました。
すぐに病院に担ぎ込まれて、いろいろ検査されたようですが、
幸い、なにもおかしいところはなかったようです。
ただ、意識を取り戻したおれはパニック状態で、
『ビニールハウスから地蔵がくる』やら『石が襲ってくる』しか言えないような有様だったので、
だいぶ頭の方を疑われはしましたが。
打撲の痕や、なにか危害を加えられた形跡もなく、
おれも、自分で見たアレコレを信じられなくなったほどです。
でも、ビニールハウスは、確かに壊されていたはず。
退院したら、車でも使って見にいってみよう、なんて思っていました。
それで、なんだかんだ、検査で三日ほど入院している間、
お見舞いにきてくれた親が、ふと思い出したように言ったんですよね。
あのボロボロになったビニールハウス、撤去されたみたい、と。
理由としては、獣が住処にしてしまっていて、
設置しておくと危ないから、というのが理由のようでした。
長期間放置されていたのに、どうして急に?
おれはとても理由に納得がいかず、
あとでコッソリ、あの辺でビニールハウスをやっていた家に、
事情を聞きに行きました。
ビニールハウスの撤去について聞くと、
まぁ案の定というべきか、その家のオッサンは、
『獣の住み処になるから』という理由しか言いません。
だからおれは、例の体験を話したんです。
『ありえない。夢でも見たんだろう』とバカにされることを承知で。
でも、オッサンは、とたんに厳しかった表情を憐れむようなものに変え、
「そうか、見たか」と言ったんです。
事情を知っているような言い方に、
おれがさらに問いただすと、オッサンはポツリと答えてくれました。
「おれんちにも来たんだよね、アレ」
と。
その後、うちの町にあった使われていないビニールハウスはすべて撤去され、
雪害による痕跡は、ほとんどわからなくなりました。
あの地蔵がなんだったのか。
それはどうやら、地元に古くいる人でも、よくわからないようでした。
ただ、はるか昔。
この辺りでは、前にも大雪で大損害を受けたことがあったようです。
その頃は、今よりも貧富の差が激しく、
かなりの数の子どもが亡くなったのだ、と聞きました。
だからそれを弔うために、うちの地域には、
石碑とお地蔵様が、たしかにいくつも建てられているんです。
でも、あの時おれが見たお地蔵様の顔は、
うちの地域にあるお地蔵様と、まったく違っていたんですよね……。
あれは、弔いきれなかった子どもの霊が、お地蔵様の形をして出てきたのか、
それとも、ただの、質の悪い悪霊的なものだったのか……。
ビニールハウスを撤去してからは目撃情報もなく、
おれ自身、再就職先を見つけて地元から離れたので、いまだに詳しいことはわかっていないんです。
消化不良……でしたか? へへ、スイマセン。
でも、お地蔵様に追っかけられたときのあの恐怖……あれはもう、二度と体験したくはないですね。
ええ、話を聞いてくださって、ありがとうございました。




