142.体育館のバスケットボール④(怖さレベル:★★★)
ビクビクしながら自転車に乗って帰ったあたしですが、
幸い、帰路の途中になにも起きることはなく、無事に
家に帰ることができました。
ただ、眠って起きて、次の日は金曜日。
試験期間でもないので、当然、部活の朝練があります。
正直、昨日の今日で、ボールに触れて練習はしたくありません。
でも、体調は万全だし、他の部活仲間にもイイ言い訳は思いつかないし、
しょうがなく、いつも通りに朝練に向かうことにしました。
「あれ? みんなどうしたの?」
しかし、体育館についたとき、異変に気付きました。
先に来ていた部活のメンバーたちが、体育館の中、
準備室の前で、なにやら渋い顔をして話し合いをしていたんです。
「どうもなにも、ひどいことになってんのよ、ここ」
「ちょっとねぇ。こんなことになってるの、初めてじゃない?」
「……うわっ!?」
部員たちが指をさしたその向こう。
そこには、山ほどカゴに詰め込まれたバスケットボールがあるはずでした。
しかし、今は。
「え……なにこれ……全部、空気が抜けちゃってる……!?」
カゴの中に入ったボールはすべてシナシナになっていました。
まさか、破れているのか。
ひとつ拾いあげてみると、ただ、空気が抜けているだけのようです。
いったい、誰がこんなことを?
疑問に思うあたしの前で、
部活メンバーたちはジッとあたしを見つめました。
「ねぇ……昨日、最後まで残ったのってさぁ……」
「ちょっとさあ……イタズラにしては度が過ぎてるんじゃない?」
「え……!? あ、あたしじゃないよ! 昨日は最後、体育の先生にだって確認してもらったし……!」
ついにはあたしの仕業と疑われて、必死に弁解しました。
だって、あの時はちゃんと空気だって残っていたし、二人で回収してカゴに戻したはずです。
直前にあんなことがあったから、そんなにマジマジとチェックはしていないけど――それに、最後まで見ていたのは先生ですし――。
「そうだ……うちの学年の体育の先生、いるでしょ? 先生が最後戸締りまでしてくれたから……その時、なにかあったのかも! あたし、聞きに行ってくる」
このまま、疑われたままではたまりません。
あたしが勢いこんでいうと、他の部活メンバーたちはうなずいて、
「じゃあ、私たちもいっしょに行くよ。なにがあったか気になるし」
と、半信半疑の子たちも一緒についてくることになりました。
居心地の悪い気持ちを抱きつつ、朝の職員室へあたしは突撃しました。
「あっ……先生!」
まだ早い時間帯ですが、目当ての先生は、もう職員室に来ているようでした。
あたしが席に飛びつくようにして近づくと、
ハッと顔を上げて、なぜか、ぎこちない笑顔を向けてきます。
「お、おお……お前か。あ、他のみんなもそろって、なんだ?」
「先生! 体育館のボールカゴの中のバスケットボール、みんな空気が抜けちゃってるんですけど……あの後、なにかあったんですか!?」
まどろっこしいのがイヤで、あたしは単刀直入に尋ねました。
すると、先生はギクッと大げさに体を揺らした後、
「お、おお……ボールか……。ああ、悪いな。先生が準備室にしまった時、なんか変なトコロでも押しちまったのかもしれん」
と、あっさりと答えました。
「え……ぜ、全部ですか?」
あたしが呆然と尋ねる横で、他の部活メンバーが「えーっ!」と叫びながら乱入してきます。
「もー、先生! 全部だよ、全部! これから、空気入れするところからやらなきゃなんだけど!」
「そうだよー、変なところってなによー! まったく、大変なんだからね!!」
「あ、ああ……悪かったな。そっちの顧問には、おれからも謝っておくから……」
と、部活メンバーにプンスカ怒られても、
先生は殊勝な態度で頭を下げました。
いつもガハハと笑っている先生とは、まるで別人のようです。
(…………)
あたしはなんとなく察するものがあったものの、
なにも言わずに黙り込んでいました。
部活のメンバーたちは、まだブーブーと文句を言っていましたが、
無事に、あたしの疑いを晴らすことはできたのです。
体育館に戻ると、後輩の子たちがぞろぞろと朝練に出てきたので、
みんなで力を合わせてボールに空気を入れなおして、練習は無事再開されました。
ただ、正直――あんなことがあったせいか、
あたしの部活への熱意は、すっかり薄れてしまいました。
今までは遅くまで練習することもいとわなかったのに、
いっさい、通常の練習以上のことをやらなくなったんです。
おかげで、確固たるレギュラーメンバーじゃなくなってしまいましたけど、
今では、それでよかったんだと思っています。
そうそう、あの体育の先生ですけど。
あたし、あの夜のこと、後でコッソリ聞きにいこうと思っていたんです。
だって、なにがあったか、気になるじゃないですか。
でも、あたしがなかなか聞きにいけずにタイミングを逃しているうちに、
家庭の事情がどうたら、という理由で、二か月後に退職してしまったんです。
う~ん……やっぱり、先生もボールに追いかけられたんでしょうか?
ボールの空気が抜けていたのは、先生が抵抗したから?
それとも、他になにか、理由があったんでしょうか。
幸い、あたしが卒業するまでに、ボールの空気が全部抜ける、
という事件が起きることはありませんでした。
もちろん、ボールに話しかけられたりだとか、
人の頭に変わった……なんてことも、起きていません。
ただ……一度だけ。
自主練でひとり、遅くまで残った部活の後輩の子が、
次の日から学校にこなくなってしまったことがあったんですよね。
あたしはさんざん止めたんですが、部活熱心な子だったから……。
あの学校に、体育館の七不思議なんてなかったのに、
本当に、なんであんな体験をしてしまったのか……。
やっぱり、学校というのは、なにか恐ろしいものが棲みつきやすいのかもしれませんね。
あたしの話はこれで終わりです。ありがとうございました。




