142.体育館のバスケットボール③(怖さレベル:★★★)
「よーし、追いかけよう」「捕まえなくっちゃね」「でも、捕まえたらどうする?」「そのまま体をもらっちゃうんだよ」「じゃあ、早いものがちね」
と、頭たちは勝手なことを言い放ち、
まさにボールの要領で、ポンポンと床を跳ねながらあたしに向かって弾んできたんです。
「……う、うわぁあっ!!」
思うより先に、体が動きました。
まさに火事場の馬鹿力。
今までにない速さで体育館を駆け抜けると、
そのまま出入り口から飛び出して、
バァン! と勢いよく扉を閉めました。
モタモタしていたら、あのボールたちがくるかもしれない!!
あたしは先生から預かっていたカギで、
慌てて扉を施錠しました。
ガチャン!!
大きな音が鳴って、扉はしっかりカギがかけられました。
これで、一安心。
あたしはあまりの恐怖に、その場でヘナヘナと座り込みました。
すると、
ポーン、ポーン
扉の向こうで、ボールが跳ねる音が聞こえてきたんです。
さらに、
『あの子はどこに行った』『逃げた、逃げた、外へ逃げた』『逃した、逃した、せっかくのチャンスを』『どうする、捕まえるか』『悔しい、悔しい、悔しい』
と、ボソボソと話す声まで聞こえてくる始末です。
あたしは心底、震えあがりました。
もう、職員室へ行く気力もありません。
このまま、さっさと家に帰ってしまおう。
そう思い、あたしが自転車置き場の方へ向かおうとした時でした。
「お? 施錠終わったのか」
「あ……せ、先生……!!」
体育館通路を通って、体育の先生が再び様子を見にきてくれたのです。
人だ。本当の、人だ!
あたしはホッとして、ホッとしすぎて、目から涙があふれました。
ボロボロと泣きだしたあたしに、先生はものすごく驚いて、
「な……なんだ? どうした?」
と、慌ててたずねてきました。
授業でも教わっている、気ごころが知れた先生です。
あたしは思い切って、今あったできごとを話しました。
しかし、当然と言えば当然。まったく信じてはもらえませんでした。
「ハア……ボールが、人間の頭に? それで、しゃべって話しかけてきて、その上追いかけてきた……?」
「はぁ……まぁ……」
「お前、うちの七不思議にそんなモンはないぞ? よく考えたなぁ」
「いや……七不思議とか、そういうんじゃなくって……!!」
「まぁいい。お前の話だと、ボールカゴ、準備室にしまってないってことだよな? 戻しとかないと、明日の朝練の奴らに言われちまうぞ」
「……あ」
準備室にしまおうとしたときに『アレ』が起きてしまったから、確かにそのままの状態です。
でも、今、ここを開けたくはありません。
先生は信じてくれませんが、中にはあのボールたちが待ち構えているんですから。
カギを握りしめたまま固まっていると、ため息をついた先生が、サッとあたしの手からカギを受け取りました。
「どうやら、電気もそのままみたいだし、オレが見ておこう。……開けてもいいよな?」
「あ……は、はい……」
ひとりでは恐ろしかったものの、大人が横にいるというのは心強いものです。
それに、自分の目で見れば、先生だってあたしの言っていることを信じてくれるはず。
「よ、っと……んー、カギが重いな」
先生はやや苦戦しつつカギを回し、扉を勢いよく開けました。
「…………!」
ボールが襲い掛かってくるかも。
そう覚悟していたあたしの前で、中はシン、と静まり返っています。
「おーおー……ん? なんだ、ボールもしまってなかったのか」
「え? いや、戻したはず……あ!」
開いた扉の前に見えたのは、バラバラと床に散らばったボール。
そして、空っぽになったカゴの姿でした。
転がっているのは、いたってふつうのバスケットボール。
当然、動きもしなければ、しゃべりもしません。
「ハハァ、なるほど。こうなってるのの言い訳に、さっきの話を作ったわけだな?」
「え……ち、ちがいます!!」
「はは、まあいい。おれも手伝うから、サッサと片づけちまおうか」
先生は、あたしの訴えに苦笑いで、ちっとも信じる様子はありません。
むぅ、と腹が立ったものの、実際、目の前に広がっているのは
ただボールが体育館の床に転がりまくっているだけの光景です。
まごまごするあたしに反して、先生はなにも気にすることなく、
ばんばんボールをカゴの中へと戻し始めました。
正直、あたしは、ボールに触れたくもありません。
でも、このまま任せてさようなら、というわけにもいきません。
しぶしぶ、つまむようにして恐る恐るボールを一つ掴みました。
でも、当然、さっきのように声を発したり、人の頭部に変わったり、などということもありません。
さっきのは、幻覚? 疲れた頭が見せた、変な白昼夢だったんだろうか。
あたしは頭をひねりつつ、先生がカゴの中へボールを放り込む合間に、
ひとつひとつ、ボールを投げ込んでいきました。
あと、残り数個。
体育館の端に転がってしまっているボールを取りに、
あたしがトコトコと奥へ走っていったときでした。
「……うわっ!!」
カゴのそばにいた先生が、不意に大きな叫び声を上げたんです。
「先生、どうかしたんですか」
あたしがボールをもって歩みよると、先生は驚いた表情できょろきょろと辺りを見回して、
「あれ……お前、今おれの後ろにいなかったか?」
「え? いや……あたしはあっちのボールを拾いに行ってましたけど」
「そうか……はは、いや、すまん。勘違いだったか……?」
と、なんとも不思議そうな表情で首をかしげました。
「ん、そうだ。ここまで片付いたことだし、あとはおれがやっておくから、帰っていいぞ」
「え……で、でも、先生ひとりになっちゃいますけど」
「なーに言ってるんだ。大丈夫だよ! お前こそ、気をつけて帰れよ~」
先生はガハハと豪快に笑って、あたしの心配を真に受けません。
さっきの先生の反応。
もしかしたらあたしと同じく、どこからかクスクス笑いが
聞こえてきたのかもしれない、と思いました。
でも、先生にそれとなく言ってみても、苦笑いが返されるだけ。
もうこれ以上言ってもしょうがないとあきらめたあたしは、
先生のお言葉に甘えて、ひとりで家に帰ることにしたんです。
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