142.体育館のバスケットボール①(怖さレベル:★★★)
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
学校の体育館って、ちょっとなんていうか……怖く、ありませんか?
広いけど、放送室とか、マットや備品がしまってある準備室、それにトイレと、
隠れられる場所がいっぱいあるし、だいたい、学校の七不思議のスポットのひとつになっているし。
あたしは正直、幽霊だの、七不思議だのなんて、信じちゃいませんでした。
夜の体育館は、さすがにちょっと不気味だなって思ってはいたんですけど。
でも、ほら。部活の大会前となると、
そうもいっていられないじゃないですか。
あたしはバスケ部で、しかも、レギュラーメンバー。
練習は人一倍やらなきゃ、ってあの頃は燃えに燃えていました。
毎日、放課後の部活時間が終わっても、残って自主練。
もちろんあたし一人だけじゃなくて、付き合ってくれる部活メンバーと、です。
でも、あの木曜日。
あの日だけは、偶然、みんな都合が悪くって帰ってしまったんです。
あたしも、さすがに帰ろうかな、って思ったんですよ。
でも、その週の土曜日。
練習試合の予定の相手が、
いっつも負けてる、県内有数の強豪校だったんです。
――もう、負けたくない。絶対に、勝ちたい!
その思いがあったから、こういうときこそ自主練だ、と、
気合を入れて、ひとりで練習することにしたんです。
うちの学校は女子高だったから、男女で体育館の取り合いはありません。
ただ、体育館の半分はいつもバレーボール部が使っているんです。
だから、一人っきりになることはないだろう。
そう、タカをくくっていたんです、が。
「えっ……帰るの?」
「今日、みんな都合が悪くってさあ。そっちも、あんまり遅くならないようにしなよ~」
と、バレーボール部の面々も、
あたしが自主練を初めてすぐに帰ってしまったんです。
偶然にしては珍しいほどの、偶然。
あたしはちょっとうすら寒いものを感じたものの、
もともと、気は強いほうです。
それに、誰もいないなら、広く体育館を使えます。
あたしは逆にひとりであることを逆手にとって、気合を入れて練習を始めました。
さすがに最初はちょっと心細かったものの、
ひとりで体育館すべてを使って練習できる気楽さに、
あたしは時間を忘れてのめり込みました。
そうして、ドリブルの練習やステップ、
それにシュート練習などをくり返して、どれくらい時間が過ぎたでしょうか。
あたしが汗だくだくで動いていると、突然、体育館のドアが開いたんです。
「……うおっ、まだ練習してたのか! もう遅い時間だぞ!」
体育を管轄している先生が、おどろいたように声をかけてきました。
時間を見れば、夜の8時半。
これ以上残っていたら、親にも心配をかけるような時間です。
携帯を見れば、すでにいくつか帰宅を心配するメッセージが入っていて、
あたしは慌てて先生に謝ってから、パパッとこれから帰る内容を送りました。
このまま帰るわけにもいかないので、
終わったら職員室へ行くから、と先生を追い返し、
あたしは体育館の後片付けにとりかかりました。
「えーっと……まずゴールをしまうのと、ボールを片づけるのと……」
夢中になっていたせいで、ボールはあっちこっちに転がっています。
あたしはまず出ていたバスケットゴールをもとに戻した後、
端に寄せてあったボールカゴをゴロゴロともってきて、
散らばっていたボールたちを中へと放り込みました。
それから、ザッと床をモップ掛けし終えて、一呼吸。
ひとりでやるとなると、これだけでもけっこう汗をかきます。
後は、ボールカゴを体育準備室に戻して、
体育館のカギを閉めればOKです。
一仕事終えてホッとしたせいか、
あたしは、なんだか急にトイレに行きたくなりました。
しかし、他に誰もいない体育館のトイレです。
正直抵抗はありましたが、もじもじしている間にも、
尿意はどんどん高まっていきます。
(どうせ幽霊なんて出ないし、大丈夫、大丈夫……!)
あたしは自分自身にそう言い聞かせて、
サッと女子トイレに飛び込みました。
まったくひと気のない、体育館のボロいトイレ。
暗いし、あまり使われないせいか空気もよどんでいます。
あたしは息を殺すようにして、はやばやと用を足しました。
早く、帰ろう。
洗い場でササッと手を洗って、
あたしは逃げるようにして体育館へと戻りました。
「…………?」
なにか、変だ。
肌に感じる違和感に、首を傾げました。
明るい、電気のついた体育館。
さっきとなにも変わっていないはずなのに、なんだかオカシイんです。
キュッ、キュッ、とバスケットボールのカゴに近づきつつ、
理由のわからない不安感に、あたしは周囲をキョロキョロと見回しました。
当然ながら、他に人はいません。
ボールは全部片づけられているし、バスケットゴールもキチンと格納されています。
それなのに、この違和感はなんだろう。
「……あ、れ?」
あたしは、バスケットボールのカゴに近づいていた足を止めました。
目の前の、コレ。
このカゴの位置が、ほんの少し、動いているような気がしたんです。
この変な違和感は、コレだ。
あたしは、少し離れた位置から、ジッとカゴを見つめました。
ついさっきまで、体育館の中央に置かれていたカゴ。
それが、ほんの少しだけこっち側――トイレ側に近づいている、気がします。
「……なんで……?」
あたしは両手で口を押さえ、音がしないように慎重に、
左右をゆっくりと見回しました。
もしかして、誰か入ってきたのか。
それとも、また、先生が様子でも見に来たのか。
でも、グルリと一周見渡しても、
人の気配なんてどこにもありません。
「き……気のせい、かな……?」
カゴの下には滑車がついています。
もしかしたら、トイレに行くときにカゴを触ってしまって、
自然に動いてしまっただけかもしれません。
誰もいない体育館では、自分の声がやけに大きく響きます。
なんだかジワジワと恐怖がわきあがってきて、
サッと片手でカバンを持ち上げると、急いでボールカゴを押して、
体育準備室へと移動しようとしました。
すると、その時です。
クスクスクス……
どこからか、笑い声が聞こえてきました。




