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139.マンホールの中の手②(怖さレベル:★★☆)

と、おれの踏みしめたタイミングを見計らうかのように、

マンホールの裏側から衝撃が与えられてきます。


まるで。そう、まるで地面の下を、ズルズルとついてきているかのように。


「――ッ!!」


震えが全身にいきわたり、おれは途中で足がもつれ、

その場でベシャッと転びました。


ぬるい水がジワジワと学生服のすそを濡らして、

転んだ勢いでカバンが道のわきに吹っ飛びます。


「痛、ッ……」


おれが身を起こそうと、マンホールの上に手をついた瞬間、

ドン、と再び、裏側から激しくたたかれました。


「う、わ……っ」


ヤバい、と思って手を離そうとしたのに、腕が動きません。

ガッチリと、床に――いえ、マンホールに固定されているかのようです。


なんで、どうして?


おれが目を見張ると、ようやくソレに気づきました。


マンホールの隙間から、にゅるりと突き出した指。

それが、おれの手首にまるでヘビのようにぐるぐると巻き付いているんです。


人間では、とてもあり得ない関節の動きです。

感触はない。でも、腕が動かない。


いえ、それどころか――。


ガンッ、ゴンッ


マンホールのふたがグラグラと揺れて、

その中に潜むなにかが、それを押し上げようとしているんです。


このままじゃ――このままじゃ、恐ろしい目に遭う。


そう、わかっているのに。

濡れた手は滑って、動けない体は、床にひじをついてしまっています。


どうすれば――どうすれば、いいのか。


オレがパニック状態で、動けず硬直していた、その時。


ププーッ


パッと全身が白いライトに照らされて、

激しい車のクラクションが鳴り響きました。


すぐ目の前に迫ってくる乗用車。

硬直していた体は弾かれるように動いて、

オレは濡れた道路の上を、ゴロゴロと転がるように道の端まで移動しました。


クラクションを鳴らした車は、そんなオレのことなんておかまいなしで、

制限速度オーバーの速さで、道を駆け抜けていったんです。


(た……たす、かった……?)


道端で転がったまま、

すでに解放された手首を、おそるおそる触りました。


蛍光灯に照らされた腕は、特に赤い痕が残っていたりすることもなく、

ふつうに曲げ伸ばしすることができます。


オレはビシャビシャに濡れた全身を震わせながら、

道路わきに転がっていた荷物を拾い上げて、

目の前に見えるマンホールを見つめました。


それは、シン、と静まり返り、

さっきまでのボコボコ音はなくなっています。


「……か、帰ろう」


オレはぐっしょりと濡れた気持ちの悪い学生服を無理やり整え、

今度はマンホールの上を通らないようにと気をつけつつ、走り出しました。


パタパタパタ、と靴の音が濡れた空気に響きます。

あの追いかけるようなマンホールの音は、もう、聞こえてはきませんでした。



アレ以降、オレはなるべく、その道を通らないようになりました。

あの道が一番最短距離なので、少々通学には面倒臭くなってしまったんですけど。


ああ。明るい時なら大丈夫……そう、思うでしょう?


オレも割と楽天的なので、次の日、朝なら大丈夫だろうと、

その道を通ってみたんですよ。


明るい太陽の光に照らされた道は、いたってなんてことのない、

いつも通りの道です。


オレは「なぁんだ」という安心と、昨日ビビッた自分への恥ずかしさとが湧き上がって、

ちょっとした仕返しという気分で、トントン、とマンホールの上を通って歩いたんですよ。


どうせなんにも起きない。

昨日のアレはただのカン違いだった、って思いたくて。


そうしたら。

オレがいくつかのマンホールを飛び越えた時でした。


ベチャッ


「……え?」


濡れた音と共に、オレの背中になにかが当たったんです。

ビタンッ、と冷たい感触に振り返って、オレは硬直しました。


それは……魚でした。

ウロコが全部剥がれて、目の玉が白くにごって死んだ、魚の死骸。


それがオレの背中に叩きつけられ、ボトリ、と床に落下していたんです。


意味がわからなくて、振り返ったまま固まったオレの視線の先に、

白いなにかが、マンホールの隙間からウネウネと揺らめいているのが見えました。


太陽の光に照らされて、少しだけ開いたマンホールの穴から、

ゆらゆらと揺れる、いくつもの指と、手のひら。


その手が、一瞬マンホールの中に引っ込んだかと思うと、

ゴンッ、とフタがおおきく揺さぶられるのが見えました。


オレはもう、わき目もふらず、一心不乱に通学路を走り抜けました。

それからはもう、二度と、あの道を通っていません。


あの時車がきてくれなかったら、

もしかしたら、オレもあの魚のように殺されていたのか。

はたまた、引きずり込まれて白い手の仲間入りとなっていたのか。


あの手が、指が、なんなのかはいっさいわかりませんし、

もう、知りたいとも思いません。


ただ、やっぱりあのマンホールの下には、

妙なモノが蠢いているコトもある――そんな風に思っています。

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