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127.壊れた懐中電灯②(怖さレベル:★★☆)

白い、LEDライトの光。


なんの物音もしない時間が、

長く、長く流れました。


(……は、ハハ。さっきのは、き、聞き間違い、だよな?)


息を殺して耳を澄ましても、もう、なんの物音もしません。


きっと、ただの勘違い。


風の音か、木の揺れた音か、

とにかく、なにか別の物音を女の声と間違ってしまっただけ。


おれは自分のびびり加減に半笑いしつつ、

目の前に落ちている懐中電灯に、そっと手を伸ばしました。


チカッ


一瞬、パッと明かりが明滅しました。

倉庫内が暗闇に包まれて、再び、電灯が周囲を照らします。


「……え……っ?」


喉から、引きつった声がこぼれました。


だって、今。

たった今、暗くなったその時。


視界の端に――なにかが、動いた。


(き……キツネ、だよな。さ、さっきの……)


心の中で、必死に自分にそう言い聞かせたものの、

体は自然とガタガタ震えだし、つかんだままの懐中電灯まで、

カタカタと小刻みに音を立て始めました。


だって、だって、明らかに。

明らかに今、動いたのは――長い、黒い髪の毛だったから。


「…………」


黒い、長い髪の毛が、まるでキツネのしっぽのように、

サッ――と、すばやくダンボールの奥へ消える。


その一瞬のシーンを、ハッキリと、

おれは目撃してしまったのです。


「……ぅ、あ、あ……っ」


おれは、トッサに懐中電灯をその場に放り捨てて、

倉庫のカギを思い切り締めた後、

陸上部だった学生自体の頃よりもすばやく、事務所へと飛び込みました。


「い……いいい、今、の……っ」


こんな時でも、無意識のたまものだったのか、

荷台カートはしっかり押したままです。


おれは、煌々と明かりの照らす事務所の中で、

おれはカートを支えにして、へなへなと座り込みました。


「は、ハハ……いや、み、見間違い、だよな……。

 あり得ねぇよな、あんな……髪の毛がひとりでに動く、なんて……」


おれは、ついさっき見た光景を忘れようとヨロヨロ立ち上がって、

最後の仕事である請求書のFAXを送ろうと、ダンボールの箱を開けました。


「……ヒッ……!?」


カサッ


手のひらに、黒いものがまとわりつきました。


ダンボールの中には、黒くて細長い髪の毛が、

ドサッと入っていたのです。


あの、暗闇の中でよぎった、長い髪の頭の――。


「……ひ、ぃぃいっ」


おれはもう、とても事務所にいることなどできず、

すべてをそのまま放り出して、逃げるように家へと帰ってしまいました。




……ええ、今思い返しても、ヒドい体験でしたよ。


あー、請求書のFAXは次の日の早朝、

しっかり日が昇ってから出社して、

朝の陽ざしの降り注ぐ中、相手先には送り終えましたよ。


ただ、残念ながら、例の黒髪が消えている――なんてことはなく、

開け放たれたままのダンボールには、黒髪がゴソッと残っていましたけど。


あと、カギを閉めた倉庫の方は、さすがに一人じゃ心もとなくて。


事務所のパートさんが出社した後、

『昨日、倉庫の中をしっちゃかめっちゃかにしてしまったから、整理整頓を手伝ってほしい』

と言って、いっしょに倉庫に来てもらったんですよ。


倉庫の中は、なにもなくシーンと静まり返っていて、

特別、なにも変わったことはありませんでした。


おれはホッと一安心して、

動かした荷物やダンボールを元通りに片付けていると、


「あれ。これ、懐中電灯……置き去りにしてたの?」


パートさんが、床に転がっていた懐中電灯を拾い上げました。


「あ……そうだ。忘れてた」


昨日、妙なものを見たせいで起きザッていた懐中電灯です。


おれがボリボリと頭を掻きつつ答えると、

彼女は首を傾げつつ、懐中電灯を持ち上げました。


「あ、これ、壊れてるわ」

「え……?」

「ほら、見てよ。ここ、ガラスの部分がバキバキになっちゃってる。

 おおかた、暗い中で床に落っことしたんでしょう」


と、ライトの部分がバキバキにヒビ割れた懐中電灯を見せてきました。


「ああ……そういえば、そうだったかも……」

「しょうがないね。予備のやつを買っておくよ」


彼女はなんてことのないように言って、

それを故障した扇風機のとなりへと起きました。


ええ、あの、懐中電灯。

たしかにあの夜、おれは床へ落っことしました。


でも、おれが逃げ帰るあの直前までは、

たしかに、倉庫の奥を照らし続けていたはずなんです。


いや、それだけじゃない。


パートさんが懐中電灯を拾ったときの、向きが。

ライトを照らす向きが、奥じゃなくて、こっちへ向いていたんですよ。


まるで、外から入ってくるおれたちを、

見つめてでもいるかのように。


……結局、あの倉庫から例の髪の毛みたいなものがいなくなったのかはわかりません。


いや、あれ以降、ずっとカギをかけたままだから、

もしかしたら――まだ、中にずっと潜んでいるのかもしれませんね。


少なくとも、おれはもう、夜中にひとりで倉庫へ行こうとは、

どんなことがあろうとも、絶対に思いません。


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