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111.身代わりマネキン①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『50代男性 小柴様(仮)』


これは……まぁ、恐怖体験としてお話させていただきますが、

同時にまた、奇妙と言うか……かわいそうな、後味の悪い話でもあるんです。


私は、とある家族経営の小さな会社に勤めています。

社長は六十代前半の、非常に精力的な人で。


従業員数はぜんぶ合わせても二十人程度の、

ほとんど身内や親戚ばかりの、規模のちいさなところでして。


その会社のなかで、社長の奥さんが経理関係を担当し、

簿記資格を持っていた私も、その手伝いや事務整理を担っていました。


社長の息子は営業をおもに担当し、

私も家族ぐるみでなかよくさせてもらっていました。


そんななか――本当に、不幸なことに。


彼――社長の息子が運転する車が、

ガードレールをつき破って、山の下に転落する、という事故が起きてしまったんです。


息子は即死。助手席に同乗していた彼の母――

つまり社長の奥さんも、数日間生死の境をさまよったのち、

天国へ導かれていってしまいました。


社長とともに葬儀を終え、一段落ついて。


大切な家族をいっきに亡くした社長の嘆きようは、

言葉に言い表せないほどでした。


あれだけ毎日、精力的に仕事に励んでいたのが

まるでまぼろしだったかのように、すっかり気力をなくしてしまったんです。


「なぁ、小柴……社長、後追いとかしないよなぁ?」

「いや……うーん……」

「お前も、あんまり気に病むなよ。っていっても難しいだろうけど……」

「ああ……ありがとう。でもほんとに、社長が心配だよ……」


社員の間でも、社長のメンタルを心配する声がでるほど。


慰める言葉もどこかうわすべりして、日に日にやせ衰えていく社長の姿を、

私たちはやきもきしながら見守ることしかできませんでした。




そして、そんな日々が続いて、しばらくしたある日。


朝、いつも通り出社した私の前に、


「おう、おはよう!」


かつてのような、元気な社長の姿がありました。


「おっ……お、おはようございます」


つい先日までは、こちらから声をかけても、

ろくに挨拶も返ってこなかったというのに。


(もしかして……辛さが超過して……?)


よもや、あまりの悲しみを受けて頭でも狂ってしまったのだろうかと、

ハラハラしつつ、事務所の自分の席へとりあえず着席すると、


「……ん?」


誰も、いない。

誰もいないはずの、社長の奥さんが使っていたはずの席。

机の上にオレンジのみずみずしい花が飾られた、その空席。


そこに、腰掛ける人影がありました。


「なんっ……ぅわっ」


思わず、上げかけた悲鳴を手で抑えました。


空席だった、イスの上。

そこに座っていたのは。いや、乗せられていたのは、一体の人形です。


成人女性と同じくらいのサイズをして、

どこか見たことのある服を着て、ひどく奥さんに似せられた顔をしたマネキン人形が。


私が言葉を失って呆然と人形を凝視していると、


「いやぁ……毎日毎日、気が滅入っちまってなぁ。

 このままじゃイカンと思って、人形を代わりに置くことにしたんだよ。

 ……こんなんでも、ちっとはなぐさめになるモンだなぁ」


いっそ上機嫌なほど声を張りつつ、

社長はそっと撫でるように、人形の肩を叩きました。


「まぁ、君らには見慣れんだろうが、しんぼうしてくれ。

 ……いろいろ平気になったら、片付けるつもりだからなぁ」


そう寂しげに呟かれてしまえば、もう私に断ることなどできません。


私が引きつった笑顔で頷き、仕事の準備を始めていると、


「おはようござ……あ、社長!」

「おお、おはよう!」


後輩が、元気よく挨拶しながら現れました。


「おはようございます! あ、社長、人形を置くことにしたんですね!」


スッとマネキン人形に目を向けた後輩は、

おどろくことも怯えることもなく、ニコニコと社長に微笑みかけています。


「いやぁ、君にいろいろ聞いておいて良かったよ」

「お役にたててよかったです……!」


どうやら、この不気味な人形の提案者は、この後輩のようでした。


(社長が元気になったのはよかったけど……もうちょっとなんかなかったのか……?)


恨みがましい目を後輩へ向けていると、

彼はキョロキョロとなぜか周囲を見回し始めます。


「あれ、息子さんはどちらに?」

「おう。アイツはあっちだよ」


と、彼らが揃って視線を向けた先は、

事務所の一番奥まった、窓際の席。


(ヒッ……怖っ)


失礼ながら、そんな感想がまっさきに浮かびました。


うす暗い事務所の奥。

ポツン、とイスに腰かける、社長の息子に似せられたマネキン人形。


カーテンの合間からさしこむ日の光がぼんやりとその顔を浮かび上がらせ、

まるで亡霊のような、おぼろげな恐怖感をあおっています。


「よく似てらっしゃいますねー」

「だろう! 気合入れて注文したからなぁ」


二人は、和気あいあいと会話を続けています。

彼らがにこやかな笑みを向ける、それらの人形。


なにも表情のない、無感情な顔――ならば、まだよかったんです。

それらのマネキン人形は、どちらも、その顔にうっすらと笑みを浮かべていました。


貼りつけられたようなその笑顔は、

ただの無表情であるより、かえって不気味さをより倍増させています。


「しばらくはこれでいく。……よろしくな!」

「はっ……はぁ」


社長が元気を取り戻してよかった、という思いと。

この人形に常時監視されている空間で仕事をしなければならない、という憂鬱さ。


(二人とも……また会えるのは嬉しい、けど……こういうことじゃ、ないだろ……)


両方がいびつにまじりあった微妙な心地で、私は頷くしかできませんでした。


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