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110.見えない異物③(怖さレベル:★☆☆)

出社したおれが、ノロノロと職場の持ち場につきましたが、

どうにも、店内の雰囲気がおかしいのです。


出勤処理をしたあと、店員はそれぞれ店の持ち場について、

商品チェックやお客さんの受け入れ準備を始めるのですが、

あきらかに、いつもよりも人数が少なくて。


電車でも止まったか、それとも大規模な事故でもあったか?


なんて脳内で疑問符を浮かべていると、フロアを任されているうちの階のリーダーが、

携帯電話を片手にしぶい顔でかけてきたのです。


従業員の数名が、ケガで出社できない、と。


「えっ……ケガ? 事故とかですか?」

「そうなんだよー。そろいもそろって……ほんと、参るよねぇ」


リーダーは、深々とため息をはきだしました。


「一人は車で追突されて医者へ、一人は風呂場ですべって骨折。

 ああ、あとこっちの子は怪我じゃなくて家にどろぼうが入ったとかで、

 警察と立ち合いするから遅れる……だったかな」

「えぇ……実はおれも今日、階段からすべったんですよ。軽い打撲ですみましたけど」

「えっ……きみも?」


まさか、こうも揃って事故やケガ、犯罪に巻き込まれるなんて。

昨日の今日で疲れがたまっていたから、というにしては、理由がおかしいモノばかりです。


「参ったねぇ……どれも、しかたないことだけど」


リーダーは、シフト表のメンバーの名前をジーっと見つめて、目頭を押さえています。

おれは、なんの気なしにヒョイ、とそれをのぞきこんで――あれ? と違和感を覚えました。


(このメンバーの、名前……)


チェックのつけられている、本日休みのメンバーは皆、

昨日――なにかを踏んだ、といっていた人たちだったのです。


(いやいやまさか……偶然だって)


即座にうかんだイヤな想像を、とっさに首をふってごまかしました。


売り場でなにかをつぶした、ただそれだけの理由で、

事故や事件に巻きこまれるなんて理不尽、あるわけがない!


ジワジワと足のつま先から登ってくる寒気を考えないようにしても、

無意識のうちに、うちつけた臀部を右手が撫でていました。


「ああ、そういえば! 君、あの子知らない?」

「……あの子、ですか?」


おれが眉をひそめているのに気づかず、

リーダーは思い出したように、ふたたび声をかけてきました。


「うん。昨日いっしょに棚卸ししてたでしょ? 連絡がつかなくってさぁ」

「えっ……」


同僚のことを言っているのだ、とピンときました。

思わずスマホのメッセージアプリを確認するも、特になんの連絡も入っていません。


「連絡……つかないんですか?」

「そうなんだよ。さっきから何度も電話してるんだけど……

 無断欠勤なんてするような子じゃないんだけどなぁ」


ただでさえ今日は人が少ないのに、と彼はぼやきながら開店準備に向かいました。


他の出社してきたメンバーたちと店内の準備を整えながら、

おれは這いあがってきた悪寒が、背筋をゾクゾクと震わせているのを感じました。


(昨日……あいつ、みょうなこと言ってたよな)


帰り際に、同僚が言っていた台詞。


『オレ、あの後十個くらい踏みつぶしちまったんだぜ』

『パタパタ足動かしてたら、足元にあったんだかプチプチつぶれてったよ』


(……まさか)


一つつぶしただけの自分でも階段から転げ落ち、

一人は追突され、一人は風呂場ですべり、一人は泥棒に入られる。


そんなモノを――十も、つぶした?


「…………」


どうにもイヤな予感がぬぐえません。


しかし、こちらからなんど着信を入れても、

あいつから折り返しがくることはありませんでした。




――結論から言いますと、彼はいまだ、見つかっていません。

ええ……行方不明、なんです。


あれから、おれが連絡しても、もちろんリーダーが連絡をしてもダメで、

こりゃあオカシイ、って身内に緊急連絡をいれて、同僚が借りている自宅を確認してもらったんです。


ですが、そこはすっかりもぬけの殻。

財布は手つかずで残っていて、充電の切れたスマホも置き去りで。


部屋に金銭が残されていたため、事件性があるとみられて

いろいろ警察が調査したようですが、足取りをつかむことができないまま、今に至ります。


……あれが、あの日のできごとが原因なのかはわかりません。


ただの偶然。そう言ってしまえばそれまでですし、

同様に踏んでしまったおれや、他のメンバーは、あれ以来、変なコトも起きていません。


ただ……あの日の、あいつが接客したという、変なお客。

難癖をつけられた客に言われたという、店の立地や方角、それにあいつの運勢が最悪だ、という言葉。


もしかしたら、その客には……なにかが、見えていたのかもしれません。


それで、ながながと忠告してくれたのではないか。

真偽の確かめようはありませんが、そんなことを思うのです。


ただ、その人の言ったように店がつぶれることはなく、

いまだにおれは、同じ店舗で働いています。


あの夜のようなできごとは……今のところ、起きていません。


故意に踏んだわけでもないし、そもそも見えないものを避けようもなかったのに、

それで怪我したり犯罪に巻き込まれたり、って……そんな理不尽なコト、ひどいじゃないか、って思います。

でも、災害っていうのは……えてしてそういうモノなのでしょうか。


今は棚卸しも自動化され、あの頃のように夜通し店内を歩きまわることもなくなりました。


でも、もしかしたら――また、アレを踏んでしまうんじゃないか。

そうしたら、同僚と同じように――どこかへ、消えてしまうんじゃないか。


おれはいまだに、あの夜を夢に見ます。

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