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72.林の中の首つり③(怖さレベル:★★★)

(はぁまったく、ビビらせられた……)


と、安心半分、恐怖半分で小さく息を吐き、

そのヘビがこっちに来ないようにと願いつつ、

ギュッと傘を構えた時、僕の目はそれを視界に入れてしまいました。


「……あ?」


ニョロ、と姿を現した細長い生物。


それは――ヘビではありませんでした。


「な……え?」


口から漏れ出たのは間抜けな呼気。


目前のものが理解できず、私はただただポカンと大口を開きました。


ヒョロヒョロと細長く、

ヘビのようにヌラヌラと光るウロコ状の胴体。


しかし、その先端。


ヘビであればギョロついた目と、

チロチロと舌の出る口のあるはずの頭。


しかし、その部分についていたのは、

人間の顔をそのまま歪に縮小したような、そんな頭部であったのです。


「う、え……っ」


人面ヘビ、とでもいうのでしょうか。


鼻筋、頬のでっぱり、そして爬虫類にはけっして存在しない、唇。


ただの類似とはとても思えない、できの悪い工作物のような、

気色の悪い融合体が、そこにはありました。


シューッ


そしてそれは、まるでヘビを真似るかのように、

人間の男の声帯で、低く喉を鳴らしていました。


「わ、わわっ……!」


僕は、自殺体を見つけた時以上のパニックに見舞われて、

その場に頭を抱えてうずくまりました。


シューッ、シューッ


あの薄気味悪い声は、未だ離れることなく聞こえてきます。


(いやだ……どっかに行ってくれ!!)


目を閉じてガタガタと震える自分の耳には、

ビュウビュウと吹く風の音、そしてあのヘビもどきの声、

それに混じって、背後からシュルシュルと

ヘビが身体をくねらすような音が聞こえてきています。


僕はワナワナと震える唇を噛みしめ、

ただただ縮こまっていることしかできません。


どれくらい、そのままでいたでしょう。


――ポツッ


雫が、ひたいに落ちてきました。


「……あ?」


雨。


ついに降り出してきたか、と恐る恐る僕が目を開いたその眼前。


「シューッ!!」


人面ヘビの、顔が。


ぼやけるほど間近に、

こちらのことをにらみつけていました。


「ぎっ……ぎぃやあぁああ!」


僕は人生でこれ以上ないほどの大声と共に――

片手で握っていた折り畳み傘を、

咄嗟にそのヘビもどきに振り下ろしてしまいました。


「ギャビイィイッ」


と、人面ヘビはこちらの凶行を予期していなかったらしく、

つんざくような悲鳴を轟かせました。


「ぅえ……あ……?」


叩きつけた傘はボッキリと折れ、

僕は荒い息を吐きながら飛びすさります。


ヘビはグルグルとのたうち回るようにその場で蠢いた後、


ズルズルズルッ


不気味な程の素早さで、林の中へと姿を消していきました。


「……へ?」


そして、その場に取り残されたのは混乱しきりの僕と、

降り出した雨をガードする能力を無くした傘、

そして未だ地面に伏したまま微動だにしない死体のみ。


未だにやってこない警察に、僕はただただ途方に暮れるばかりでした。




それからしばらく。


ようやく現場にやってきた警察によって、あの死体は回収され、

第一発見者として僕は取り調べを受けました。


見つけた状況から始まり、あそこにいた理由、

所持品、前日のアリバイに至るまで。


疑われているのかもしれない、と気付いたのは、

亡くなった方との面識まで突っ込んで聞かれだした頃でした。


周辺への聞き込みまで始まったため、

アレは自殺ではなかったのかと担当の刑事さんに訊ねるも、

どうにも歯切れの悪い返答しか返ってこないのです。


その後結局、僕は仕事という鉄壁のアリバイが立証され、事なきを得ました。


あれは自殺と公表され、詳しい状況に関しては、第一発見者でしかない

僕には教えてもらえませんでしたが、僕は、あれが本当に自殺だったのだろうか、

と疑問を覚えています。


ええ、あれ――あの日。


彼の身体の下から這い出て、僕を襲おうとした人面ヘビ。


荒唐無稽な話ですが、あの姿であれば、

彼の首を締め上げ、まるで自殺のように吊るしておくことは造作もありません。


それに、後から知ったことですが、

あの辺りは以前から首吊り死体が多く見つかることで有名で、

小学生などの子どもたちは立ち入ってはいけない地区に指定されていたのだそうです。


もちろん、自殺者の大半は、自らの意志で命を絶っているのでしょうが……。


もしかしたらその一部は、

あの人面ヘビによって命を奪われた人たちなのではないか。


そしてあの時、あのヘビを撃退できていなかったら、

僕もその一員となっていたのではないか。


今、朝のランニングは、決まったルートだけを通るようにしています。

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