七話 裏技を使って裏ボスに会いに行く
その日の夕刻。
「ろ、ロザリア様……本当に行くんですか」
「もちろんよ」
私は学園ダンジョンの前に立っていた。
肘当てにショルダーガードといった簡素な装備に身を固め、腰には護身用のナイフ。
制服の上に装備を重ねただけの冒険者スタイルだ。
背中には大きなリュックを背負っている。
その後ろではヨハネが青い顔で震えていた。
私がダンジョンに行くと言ってからずっとこの調子だ。
「なによ、ダンジョンに挑むのはここの生徒の権利であり義務でしょ」
「たしかにおっしゃる通りではありますが……」
ヨハネはごくりと喉を鳴らし、ダンジョンの入り口を見つめる。
あたりにはこれから挑もうとする生徒たちが十名程いる。
授業が終わってからダンジョンに挑むのがこの学園の生活サイクルだ。
部活やクラブの代わりにダンジョンがあると思えばいい。
ゲームでも日中の学園パートと、放課後のパートに分かれていた。
放課後はダンジョン攻略や、攻略対象の男の子とのデートをこなしたりする。
ただし、ここにいる生徒たちは私たちとはタイの色が違う。
上級生だ。同級生の姿はどこにもない。
「ロザリア様はまだ入学して一ヶ月も経っておりません。魔法のひとつも覚えていない段階でダンジョンに行くなんて……無謀です!」
「まあ、あんまり推奨されてるものじゃないのはわかるけどね」
私は肩をすくめてみせる。
本来なら新入生は授業で初歩的な魔法やスキルを取得してから、パーティを組んでダンジョンに挑むものだ。
だが、私はまだレベル1。
魔法もスキルもなにも覚えていない。
チュートリアルすら終わっていない段階なのだ。
それでダンジョンに挑むなんて無謀そのもの。
ヨハネの心配はもっともだろう。
だが、私は余裕綽々だった。
「ちょっと入ったらすぐ帰ってくるわ。だから心配いらないわよ」
「そんなわけにはまいりません……! どうか考え直して……って、ロザリア様!?」
悲痛な声を上げるヨハネを放って、私はダンジョンの入り口へと向かう。
地下へと続く階段は長く、ポツポツと魔力の明かりが灯っているのが見える。
漂ってくるのはひんやりした空気とカビの臭い。
伝わる気配から嫌でもわかる。
この先にあるのは魑魅魍魎の渦巻く魔窟だ。
だが、私はためらうことなく、その階段を降りはじめた。
「お待ちください!ロザ……?」
慌てて追いすがったヨハネが、入り口でぴたりと足を止める。
なにしろ彼の目には、階段に人影ひとつ見えなかったからだ。
「ロザリア様……いったいどこに……」
「あーもう、すぐ戻るからそこで待っててちょうだいな」
「なっ!? ロザリア様!? どこからお声が……!」
戸惑うヨハネを残し、私は真っ暗な中をずいずい進んでいく。
階段ではない。
壁の中だ。
「ふっ……予想してたけど、壁抜けワープバグも健在とはねえ」
ダンジョンへ降りる階段を三マス進んだところで、右を調べる。
すると見えない道が続いていているので、決められた道順をたどる。
上に三、左に十一……。
いわゆる壁抜けバグである。
本来通れないはずの場所が、どういうわけか進めてしまう。
簡単そうに思われるかも知れないが、一歩でも歩数をミスってしまえば、永久に壁の中に閉じ込められてしまうのだ。
私は慎重に、覚えている通りの道順を進む。
そうしてたどり着く場所こそが、目的地だ。
「ふう……なんとか無事に到着ね」
闇一色だった景色が、突然ぱっと晴れる。
その先に広がっていたのは、とてつもなく大きな空間だ。
天井は見上げんばかりに高く、あちこちに巨大なクリスタルが屹立している。
どこか神聖な気配の漂う場所だ。
それもそのはず。ここはダンジョンの百一階。
この数百年間、足を踏み入れた者はいないとされる――邪竜の間だ。
【ほう……? この場所までたどり着く者がいるとは】
空間の中央には、巨大な龍が寝そべっていた。
銀のうろこに覆われた身体中に、無数の古傷が刻まれている。
左目は深い裂傷で潰れていた。
しかし、その隻眼に宿る光はひどく鋭い。
本日はあともう一度更新します。
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