六十四話 夏はみんなどうするの?
私はおずおずと尋ねるしかない。
先日の偽フェンリル作戦は失敗に終わった。クリスは自身の呪いに蹴りをつけられなかった……はず。
それなのにクリスはさっぱりとした顔だ。飄々と肩をすくめてみせる。
「吹っ切れたと言えばいいのかな。この体質も、さほど悪い物でもないし……世の中にはもっと常識外れの存在がいる。特殊なのは俺だけじゃないって分かったからな」
そう言って私をじっと見つめてみせる。
まあ、岩盤を素手で持ち上げたり、亜空間を火の海に変えたりする人間に比べたら、犬耳が生えるくらい些細な問題なのかも知れないけど……。まさかここまで割り切ってしまうとは思わなかった。
ぽかんとする私に、クリスは続ける。
「だからこれからは、体質を言い訳にしないでもっと前向きにいこうと思うんだ。人とも積極的に関わって、女性がいる場所にだって出て行く。社交界に顔を出すのも、そのリハビリのためなんだ」
「……そう。応援するわね」
「心強い言葉だ。礼を言うよ」
クリスは私に握手を求める。
私はそれを、みんなの前で受け入れた。
彼の犬耳がどこか嬉しそうにぴくりと揺れて、なんとはなしに心がほっこりした。
独りよがりな計画だったし、結局失敗に終わったけど。
クリスが自分なりにけじめをつける切っ掛けになったのなら……ちょっとは足掻いた甲斐があるってものである。
「そういうわけで、俺はこの夏を忙しく過ごす予定だ。ほかのみんなはどうするんだ?」
「ああ、僕はロザリア様と実家に戻る予定です」
ヨハネの実家は私の隣だ。うちの使用人一家なので当然といえば当然で、帰省ももちろん一緒になる。
「なるほど。では、コルネットくんは?」
「私は……学園に残ると思います」
「なに、そうなのか」
「……」
寂しげに笑うリリィに、私はすこし言葉を詰まらせる。
彼女は天涯孤独の身の上だ。唯一の家族だったお兄さんも行方不明だし、帰る家はない。
それを知っているのは、ゲームを遊んだ私くらいのものだろう。リリィは家庭の事情を、ほかの誰にも打ち明けようとはしなかったからだ。
ゲームだと、好感度の高い男の子があちこちに誘ってくれるイベントが起こるので、あまり退屈しなかったけど……今のリリィが一番仲良いのは私だろうし。自意識過剰じゃなければね。
そこでぽんっと手を叩く。
「それじゃ、私の家に来る?」
「えっ」
言葉をなくすリリィ。
あとの面々もきょとんと目を丸くする。
だがおかしな案じゃない。むしろ名案だと思えた。
「うちは無駄に広いし、夏休み中ずっといてくれたってかまわないわ」
「で、でもご迷惑なんじゃ……」
「そんなことないわよ。お父様なんか『うちの娘に友達ができるなんて……!』って大感激するはずだから」
この学園に入学して以来、私は実家に帰っていない。
ゆえに……家族が知っているのは『悪役令嬢ロザリア』としての私だけ。
わがまま三昧の高飛車お嬢様の私を可愛がりつつも、お父様はほとほと手を焼いていたし。
そんな私が可愛いお友達を連れ帰れば、きっと泣いて喜ぶだろう。
「ねえ、ヨハネもそう思うでしょ?」
「もちろんです。いい考えかと」
「ほ、ほんとにいいんですか……?」
「うん! 私の家、広い庭があるし海も近いの。一緒に遊んで夏を満喫しましょ」
変なナンパ野郎が寄ってきても、私なら問題なく退治できる。リリィに楽しい一夏の思い出を提供できるのは間違いないだろう。
「海……ですか!?」
しかし、そこでリリィの目から困惑が消えた。
えっ、と思う暇もなく、彼女はテーブル越しにがしっと私の手を握る。
「海っていうことは……ロザリアさんの水着が見れるんですか!?」
「えっ。そりゃまあ、海に入るなら水着になるけど……」
「行きます! ロザリアさんの水着をこの目に焼き付けるために!」
「決め手はそこぉ!?」
なんなの、その邪な動機は。
「だってロザリアさんの水着ですよ!? そんなレアシーン、ファンクラブ会員ナンバー二としては譲れません!」
「一応聞いておくけど、ナンバー一は誰なの」
「僭越ながらこの僕でございます」
ヨハネが恭しく片手を上げる。
うん。設立メンバーですものね。予想はしてたけど。
私は彼をじとーっとした目で見つめる。
「ヨハネも私の水着を見たいの……?」
「いえ、滅相もございません」
ヨハネはやんわりと微笑んで、首を横に振る。
そこに嘘はなさそうで……いや、それはそれで釈然としないのだけど。乙女心は複雑なのだ。
ヨハネは穏やかな表情で静かに語る。
「ロザリア様は素晴らしい魅力をお持ちの方です。制服だろうと水着だろうと、その身から溢れ出る神気になんの違いがございましょうか」
「いっそ水着が見たいって言ってもらった方が良かったんだけど!?」
変な悟りを開くのやめてくれない!?
続きは明日更新します。
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