五十二話 邪竜にまたまた助けを求める
「そういうわけだから、なんとかしてもらえないかしら!?」
【おまえ、そうやって我を頼るのは二度目であるぞ】
邪竜ヴァルドーラは、じとーっとした目を私に向ける。
ここはダンジョンの百一階。ヴァルの封印されている邪竜の間だ。
真夜中と言っていい時間帯だが、あちこちに屹立するクリスタルのおかげでここは相変わらず真昼のように明るい。
邪竜への供物は、食堂が閉まる寸前に買い求めたスイーツ詰め合わせだ。ケーキやタルト、プリンにマカロン。
見るも鮮やかなお菓子たちを前にして、ヴァルはため息混じりに――。
【《転輪》】
呪文を紡ぐと邪竜の目から光が消え、こてっと寝入ってしまう。
そのかわり虚空から現れいでるのは銀髪の美青年だった。
ヴァルが仮の体を作り、魂を移したのだ。
人の体を得た彼は、欠けたクリスタルに腰掛けて、私の持ってきた菓子をつまみ始める。しかし眉根にはかすかにしわが寄っていた。
「それで、おまえは我に何を求めるのだ」
「その……私を襲う振りをしてもらえないかと……」
私は小声でボソボソと言う。
邪竜に八百長を頼む。どう考えても人選に難があると思うが、ほかに頼れるような相手はいない。
今日はあれからも、ダンジョンの一階を四人で探索した。
しかしやっぱり私の前にはモンスターは一匹たりとも出てこず、わざと三人から離れたときにだけ現れた。
おかげで、みんなは首をかしげるばかりだった。
『おかしいですね……ロザリア様がいると、スライムが現れません』
『なにか変な呪いのアイテムとかお持ちなんですか?』
『ふむ……それがきみの特別な力なのか?』
『あはは……偶然でしょ……』
クリスの勘が冴えていて、私はこっそり冷や汗を流したものだ。
かくして私以外のみんなはそこそこの戦果を得て、薬草などを摘んで探索を終わりにした。
誰も大きな怪我なく、初めてにしては上々の結果となった。
だがしかし、私にとっては大問題もいいところ。
ヴァルは私をじーっと見つめ、ふはっと薄く笑う。
「スライムの代わりを、我にやれと言うのか」
「うっ……仕方ないじゃない! 計画が完全に難航しちゃってるのよ……!」
ヴァルにはゲームのことは伏せて、おおまかなあらましを説明していた。
とある男の子の秘密を知ってしまったこと。
彼は自分の体質を『呪い』だと思っているが、本当はただの『遺伝』であること。
その体質のことでこれ以上悩まなくても済むように、ひと芝居打ちたいこと。
「あなたなら十分強いし、姿形も変えられるでしょ。適当に私を襲って、クリスに倒される演技をしてくれればいいから……」
「ふむ……その返答を成す前に。ひとつ聞きたい」
「えっ、な、なによ」
ヴァルは私をじっと見据える。
その目はひどく澄み切っていて、なんの悪意も感じられなかった。
「おまえは神にでもなったつもりか?」
「は……?」
予想だにしない問いかけに、私は言葉を失ってしまう。
なんとか舌を動かそうとした寸前で、ヴァルが片手をかざして制止する。
「まあ聞け。おまえはたしかに神のごとき……いや、神をも上回るであろう力を得た」
全ステータス、999999。
幸運値にはマイナスがつくものの、それでも化け物じみていることには変わりがない。
「その力で救えぬ者などいないだろう。だが、おまえは神ではない。ただの奇特な人間だ」
そう言って、ヴァルは私との距離を詰め、顎を持って無理やり上を向かせる。
その顔に浮かんでいたのは酷薄な笑みで。
「人間風情が思い上がるなよ。その傲慢さは、いつか己の身を焼く業火となるぞ」
「……違うわよ」
私は臆することなく、肩をすくめてみせる。
「目の前で困ってる人がいるから、ただ助けたいって思うだけ。そういうのって神様っていうより、人そのものじゃなくって?」
「……そうかもな」
ヴァルはため息混じりに私のあごを解放する。
どこかぶすっと不機嫌そうな彼に、私はにこやかに笑いかける。
「私は大丈夫だから。心配してくれてありがとね、ヴァル」
「……そういうことではない」
「そ。でも、私はそう思っておくから」
「勝手にしろ」
ヴァルはそっぽを向いてみせる。
わかりやすい照れ隠しだ。耳がうっすら赤くなっている。
ともあれヴァルの言い分はもっともだ。
私はただの人間。いつか目の前で誰かを失うかもしれない。
突然ステータスが元に戻って死亡フラグに負ける日が来るかもしれない。
(でもやっぱり、立ち止まることはできないわ)
あいにく、足掻くことは大の得意なのだ。
「それでお芝居の件は引き受けてくれるの? どうなのよ」
「うむ、もちろん……」
ヴァルは仕方ないな、とばかりに苦笑を浮かべて――それがすぐ真顔に変わった。
「死んでも嫌だ」
「この話の流れでなんで!?」
続きは明日更新します。某キャラがまさかの再登場。
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