四話 なぜか従者に感激される
「はあ? どういう意味よ」
「あのパーティのとき以来、ロザリア様は様子が変です」
そう告げるヨハネの顔はいたって真面目だ。
「僕を気遣う言葉をかけるだけでなく、身の回りのお世話も必要ないとおっしゃる。とてもいつものロザリア様とは思えません。なにかおかしなご病気にでもかかってしまわれたのではないかと……」
「あはは、言ってくれるじゃない……」
とはいえ、彼の危惧も当然だろう。
前世の記憶がよみがえったからといって、もとの『ロザリアとして過ごしてきた十七年間の記憶』がなくなったわけではない。
ヨハネと会ったのは私が五歳のとき。
それ以来、彼は私の世話係として片時も離れることはなかった。
私は立場を利用して彼を振り回し、困らせ、それで満足していた。
自分がやったことなのに、今は『好きな子には意地悪したくなるわよねえ』とどこか他人事のように思えてしまう。
不安そうに眉を寄せるヨハネに、私はにこりと笑う。
「あのパーティで、私に注意してきた女の子がいたでしょ」
「はあ……」
「あの子のおかげで、ちょっと反省したのよ。今までわがまま放題だったから、これからは真面目に生きようかと思ってね」
本当は前世の記憶が蘇ったからだが、リリィ嬢との出会いがきっかけになったのはたしかだ。
嘘は言っていない。
「だから、わがままお嬢様はもうやめるわ。あなたにも散々迷惑かけたしね」
「っ……ロザリア様!」
「うわっ」
ヨハネが瞳を潤ませて、がしっと私の手を握る。
その手はぷるぷると震えており、いたく胸を打たれたらしい。
え、なにに?
いぶかしんでいると、彼は爛々と目を輝かせて。
「このヨハネ、感激いたしました……! 己の過ちに気付き、それを正そうとするとは……さすがはロザリア様です!」
「ええ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟などではございません! 僕はかねがね、お嬢様のことを案じておりましたから」
ヨハネはずずっと鼻をすすり、熱く語る。
「お嬢様はけっして悪いお方ではないのですが、その言動から誤解を受けるところが多々あったため……そのうち多方面から恨みを買って、ろくな死に方をしないのではと危惧しておりましたので……!」
「す、鋭い……」
「なにかおっしゃいましたか?」
「な、なんでもないわよ。あはは」
私はやけっぱちに笑うしかない。
実際、彼の読みは当たり、私はこのままではろくな死に方をしないのだ。
暗い未来を想像してげんなりしてしまう。
私は投げやりに、しっしとヨハネを追い払おうとするのだが――。
「ま、そういうわけだから。私なんかおいて、早く学校にお行きなさいな」
「いいえ! そういうわけにはまいりません!」
ヨハネはすっくと立ち上がり、ぐっとこぶしをにぎりしめた。
「生まれ変わったロザリア様に、以前よりいっそう誠心誠意お仕えする所存でございます! どこまでだろうとお供いたします!」
「ええ……いいわよ、別に。私なんかと一緒にいるより、ほかにお友達を作りなさいな。このまえのパーティのときに会った、あの女の子とかどう?」
「っ!? 僕が女子生徒と目が合っただけで怒り心頭になったロザリア様が、ガールフレンド作りを勧めるなんて……どういう気の変わりようですか!?」
「私も大人になったのよ」
たしかにロザリアは、彼のことが好きだった。
それは間違いない。
だが、そんな気持ちは今やかけらも感じられなくなっていた。
命の危機が差し迫ったなかで、恋だの愛だのほざいていられるか。
(それに私……このゲーム、乙女ゲームっていうよりも普通のダンジョンゲームとして楽しんでいたものね)
一応攻略キャラの個別エンドはすべて見たが、どちらかというとダンジョン探索部分にはまり込んでいた。
おかげでヨハネに対しては恋愛感情より先に、『大器晩成型で後半強い奥義を覚えるのよね』という感想が浮かんでしまう。
それを彼は、私が落ち着いたと捉えたのだろう。
私の手を握ったまま、にこにこと宣言する。
「まさかロザリア様がここまでお変わりになるとは……従者として感無量です。今後とも末永くお仕えしてまいりますね!」
「末永く、か……最悪あと六日の命なんだけどね……」
「は? なにかおっしゃいましたか?」
「いえいえ、なにもー」
ため息をこぼしつつ、私は授業の準備を進める。
(早くなにか、死を回避する方法を考えないと……)