四十三話 魔狼の呪い
かくして私はクリスに連れられて、校舎裏にやって来た。
狭くて陽が当たらないじめっとした場所で、雑草が生え放題。
おかげでほかに人影は見当たらない。秘密の話をするには、うってつけの場所だ。
ヨハネとリリィには、教室で待っているよう頼んでおいた。ずいぶん心配そうにしていたが……話を聞かれるわけにはいかなかった。
「えーっと、話って……なにかしら」
「単刀直入に聞くぞ」
クリスは私から三メートルほどの距離を取って、低い声で告げる。
「きみは、俺の秘密を知っているのか?」
「あはは……なんのこと?」
「とぼけるな!」
どんっ、と校舎の壁を殴るクリス。
彼の肩は距離があってもわかるほどに震えていた。
それが怒りによるものか恐怖によるものか、私にはわからない。
ただひとつ分かるのはもう――逃げ場はないということだけだ。
「今日だけじゃない。この前だってそうだ。きみは俺に触れないように、わざと転んだ。もう誤魔化されないぞ」
「ううう……」
ここまできたら観念するしかない。
私はがっくり肩を落とし、告白する。
「そうよ、知ってるわ。『フェンリルの呪い』でしょ」
「っ……!」
クリスは、雷に打たれたような衝撃を受けたようだった。
彼はそのままよろめき、地面に膝をついてしまう。
形のいい顔を覆った指の間から漏れ出るのは、慟哭の叫び声だ。
「クソ……もう終わりだ! こんな恥ずべき秘密が知られてしまったら……もう、生きていられない……!」
「いやいや、そんな大袈裟な……」
私は彼にそっと近付く。
もうすでに秘密を知ってしまっているせいか、警戒するそぶりはない。
私はその肩をぽんっと叩く。
その瞬間、彼の綺麗な金の髪がゆらりと揺らめいて――。
「女の子に触られたら犬耳が生えるとか……それくらいバレたって、どうってことないでしょうに」
「そんなわけがあるか!」
ばっと顔を上げるクリス。
その頭には、ふさふさした耳が生えていた。いわゆるケモミミというやつである。
ぴんと立った金のそれは、シベリアンハスキーのような形をしている。
ふわふわで、ふかふかで、見るからに触り心地がよさそうだ。
端正な面立ちとあいまって、かなり上品な印象を受ける。
しかし、彼はそれが超絶不本意らしい。
頭を抱えて青い顔でうめく。
「俺はあの、エドワーズ家の跡取りなんだぞ!? それがこんなケダモノに化けるなんて……あってはならないことなんだ!」
「うんうん、そうよね、うんうん」
私はその泣き言を、雑な感じになだめる。
エドワーズ家はこの国でも有数の名門貴族だ。
その歴史は古く、数多くの有能な人材を輩出してきたことで有名である。
またの名を《魔狼狩り》の一族。
かつて彼の先祖が魔狼――フェンリルを打ち倒し、武勲を上げたという伝説が今も伝わっているからだ。
「でもほら、あなただけじゃないんでしょ。エドワーズ家には、そんな体質を持って生まれてくる人が出るらしいじゃないの」
「……そこまで知っているのか」
クリスは慟哭をやめ、疑わしげな目で私をじっと見つめてくる。
「いったいどうやって知ったんだ。このことは、俺の一族しか知らないはずなのに……」
「そこは乙女の秘密ってことでよろしく」
「……きみが何か特殊な力を持っているという噂は、本当だったのか」
クリスはため息をこぼし、忌々しげに己の頭に生えた耳をつまむ。
「その通り。これは我がエドワーズ家に伝わる……フェンリルの呪いだ」
彼の先祖は、かつてフェンリルを討伐した。
その際助けた女性と結ばれたのが、今のエドワーズ家が生まれる発端なのだが……そのせいか、彼の家系にはまれに奇妙な体質を持つ者が生まれる。
異性に触れたとき、フェンリルと化してしまうのだ。
それがエドワーズ家に代々伝わる呪いだった。
続きはまた夜に更新します。
現代ラブコメの短編を一本書いてみました。作者ページから飛べると思いますので、お暇つぶしにどうぞ。




