三話 大金が転がり込んできたけれど
「ごきげんよう」
「おっはよーみんな! 宿題やった?」
「なあなあ、聞いてくれよ! この前のパーティでさ、あの子とちょっとしゃべることができたんだよ!」
「パーティといえば、すごかったなあ。ロゼリアさん」
今日もグランコール学園の一日が始まった。
全寮制の学校であるため、外からは生徒たちの元気な声がいくつも聞こえてくる。
私が暮らしているのは、その寮の中でもトップクラスの特S棟だ。
一部屋一部屋が大きくて、家具も豪華を極めている。
いい家柄の生徒、もしくは優れた成績の者しかここに住むことを許されず、特S棟に居を構えるだけで周囲からは一目を置かれることになる。
そろそろ私も朝の準備をしなければならない。
一応学園の制服に袖を通したが、授業の用意などは手つかずだ。
これ以上時間を無駄にしていては遅刻してしまう。
それでも私は自室にこもったまま、テーブルの上を見つめてため息をこぼす。
「はあ……どうしましょう、これ」
テーブルに積み上げられたもの。
それは金銀財宝の山だった。
我が国の金貨や、色とりどりの宝石たち。
海賊の残したお宝かと思うほど、それらがうずたかく積まれている。
あれから幾度となく、噴水での無限増殖バグを確認した。
一度や二度なら偶然の可能性があるからだ。
その結果、以下のことがわかった。
ひとつ。投げ込んだものが、二倍になって戻ってくる。
ふたつ。水に溶けるような砂糖なども、どういうわけか二倍で戻る。
みっつ。例外として、生き物は増やせない。
つまり、無生物ならいくらでも増やすことができるのだ。
それこそ金貨や宝石といった財宝から、ノートやペンといった普通の雑貨、魔法薬なども問題なく二倍にできた。
その実験の結果がこれである。
金銀財宝の山。
しかし、私は素直によろこべずにいた。
「これで私が死なない運命を買えたら一番いいんだけど……そういうわけにもいかないものねえ……」
重いため息が、また自然とこぼれ落ちる。
私の目的はお金ではない。死の運命を回避することだ。
金銀財宝の山を前にしたときは、さすがにちょっぴりテンションが上がったりもしたものの、冷静になってみれば、こんなに増やしてどうするというのだ。
ぱーっと気軽に大豪遊……というわけにはいかない。
「こんな大量の金銀財宝、使っちゃまずいし……本当にどう処分したものだか……」
この量。我が家の総資産くらいはあるんじゃなかろうか。
うちの家は歴史こそ少々浅いものの、いろんな商売に幅広く手を回している。
国内でも上位十……いや、十五パーセント内くらいには入る、いわゆる成金だ。
そんな家の総資産レベルの金銀財宝を、市場に流通させてしまえばどうなるか。
まず間違いなく金貨や宝石の価値が下落する。
この国の経済が受ける打撃がいかほどのものか、わかったものではない。
私の目標は死の運命を回避すること。
けっして、経済テロをぶちかましたいわけではないのだ。
「うう……調子に乗って問題を増やしちゃうとか……我ながらツイてないわ」
鬱々と思いを巡らせていた、そんな折りだ。
「よろしいでしょうか、ロザリア様」
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
ノックの音とともに聞こえてくるのは、ヨハネの声だ。
金銀財宝をあわてて隠す。
こんなものが見つかってしまえば言い訳のしようがない。
でっかいスーツケースにまとめて放り込み、ベッド下へシュート。
あとは何食わぬ顔でヨハネを出迎えた。
「入っていいわよ」
「失礼いたします」
ドアを開け、ヨハネは恭しく頭を下げた。
私と同じ赤と白を基調にした制服を身にまとい、腰には剣を下げている。
彼も私同様にこの特S棟で暮らしている。
彼の場合は家柄や成績といった理由ではなく、私の身の回りの世話をするというものだ。
この学園は入学時の年齢が決められていない。
ヨハネも私に合わせて入学したため、ふたつも年上なのに同学年である。
一応女子のフロアと男子のフロアが分かれているので、消灯時間になれば自分の部屋に戻るものの、それ以外の時間はほとんど私のそばに控えている。
「おはようございます、ロザリア様。登校時間でございます。お鞄をお持ちいたしましょう」
「あー……もうそんな時間よね」
ちらりと時計を見れば、もう部屋を出る時間だった。
しかし私は首を横に振る。
「あいにく準備がまだなの。あなただけ先に行ってちょうだい」
「は……?」
「そもそも子どもじゃないんだし、登校くらいひとりで……って、何よ、その顔は」
ヨハネは目を丸くしたまま固まってしまう。
私が首をかしげていると、彼はぎこちない足取りで近付いてきた。
椅子に座った私の前にひざをつき、硬い面持ちで問いかけることには――。
「……いったい、いかがされたのですか?」
今日もあと二回ほど更新します。