二十六話 謎の美青年に口説かれました
次の日。
バスケットをかかえて歩いていると、予期せぬ相手と出くわした。
本日は学校がお休みだ。
授業はなく、ダンジョンも封鎖される。
生徒たちは寮で過ごしたり、島の反対側にある観光街に遊びに行ったりする。
だから校舎を歩く人影はまばらだ。ダンジョン入り口の一角など、日ごろからは考えられないほどに閑散としている。
噴水の水音と、小鳥のさえずりだけが響くなか。
そこには、ひとりの青年が立っていた。
「やあ」
「……あら?」
容姿端麗。
学園の制服を着崩してはいるものの、みっともなさはみじんもない。
涼しげな面立ちのおかげで、どこか気品すら漂っていた。
ひとつに束ねた、腰まである髪は銀。
きらめく瞳は、赤と金の光彩異色。
ミステリアスな美青年だ。
それが甘くとろけんばかりの笑みをうかべたまま、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
私の目の前で膝をつき、右手を取って手の甲に軽く口づけ。
流れるような一連の行動に、私は目を丸くする。
「こんにちは、美しいお嬢さん」
甘くささやく低めの声は、某人気声優のものとよく似ていた。
私の手を取ったまま、彼は続ける。
「きみほど可憐な女性は見たことがない。どうか私の妻になってはくれないだろうか」
極めつけの甘い台詞。
これで落ちない女子などいないだろう。
だが、私は小首をかしげてみせるのだ。
「何やってるの、ヴァル」
「は……」
そこで、彼の顔が凍り付いた。
美青年――ヴァルは笑みを取り払い、かわりに渋面をうかべてみせる。
「……なぜ、わかった」
「いや、ふつーわかるでしょ」
私はあっけらかんと答えて、ぱたぱたと片手を振る。
彼の人間形態なら、ゲームで嫌というほどに見ていたしね。
だがヴァルはその返答がお気に召さなかったらしい。
きれいな顔をおもいっきりしかめて、ムスっとする。
「もっとほかに言うことはないのか。あそこを出られたのかとか、その姿はなんだとか」
「えー、だって知ってるもの。外出用の仮の体でしょ?」
「……それも邪法で得た知識か?」
「違うけど、乙女の秘密ってことでよろしく」
ヴァルの本体は地下につながれている。
過去に思いっきり暴れまくったせいで、ダンジョンの奥深くに封印されたのだ。
だから彼は、あの邪竜の間から出られないが……長年の幽閉生活で、分身で外に出る方法を編み出した。
いわば、無線で操るラジコンのようなものである。
ちょっぴり過剰に魔力を使うらしく、滅多なことでは使わないらしい。
ヴァルは立ち上がり、ふてくされたように腕を組んでそっぽを向く。
綺麗な顔がわりと台無しなのだが、当人は気にもとめないようだ。
「ふん、つまらんな。おまえには驚かされてばかりゆえ、たまには我が驚嘆させてやろうと思ったのに」
「あら、ちゃんと驚いたわよ。急にあんなことするんだもの」
手の甲にキスとか……日本人からしては考えられないキザな行為だ。
こっちの世界はいわば西洋テイストなので、あれくらいは挨拶の範疇。そう分かっていても、ちょっとドキドキしてしまった。
それと――。
「柄でもないことしてるなーって、びっくりしたわ」
「……そういう驚きを目指したわけではない」
そっぽを向いたまま、ヴァルはぼそっと言う。
今さら照れくさくなったらしい。
とはいえ、今はそんなことどうでもいいのだ。
彼が地上に出てくれたのならば好都合。
「それよりちょうどいいわ。私、ヴァルにお礼がしたかったの!」
「なに、礼だと?」
「ええ! ほらほら、こっちにいらっしゃいな!」
「ま、待て。引っ張るな」
いまいちピンと来ていない彼を引っ張って、そばのベンチに並んで座る。
ずいっと差し出すバスケットの中身は、購買で買い求めたケーキの山だ。
それを見てヴァルの目がキランと光る。
「こ、これは先日の……」
「ええ。気に入ってくれたみたいだったから」
いちごのショートケーキに、チョコレートケーキ、フルーツタルト。シュークリームなんかも用意した。
もちろん私のお小遣いで買い求めたものだ。
先日、無限増殖バグで増やした金貨には、びた一文手をつけてはいなかった。
ケーキ代金くらいで経済に大打撃を与えるなんて思っちゃいないが、ちりも積もれば山となる。ズルズルと繰り返していけば取り返しのつかないことになるのは目に見えていた。
正直、ちょっぴり誘惑はあったけどね……。
実家が太いと言っても、けっこうな出費である。
まあ……命に比べれば安いものよ!
本日はあと二回更新します。
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