二十四話 ぶっとばせ!
キマイラとのにらみ合いは、ほんの刹那のこと。
それでも体感は何分にも、何時間にも感じられた。
ざわざわと緑が騒ぐ。
その場の誰もが息を殺し、世界が凍り付いたようだった。
そこに――ひときわ強い風が吹いた瞬間。
「今度はこっちから行くわよ!」
私はまっすぐ、キマイラめがけて駆けだした。
敵もまた同時に動く。真っ向からぶつかる――と思いきや。
「ッ……!」
目の前からキマイラの姿がかき消える。
その直後、右手から生じる熾烈な気配。
キマイラが大きく跳躍し、私の死角にもぐりこんだのだ。
獣が太い前腕を振り下ろす。
しかしそれはあっさりと空を薙いだ。
私がなんの予備動作もなく消えたことで敵の動きが一瞬止まる。そこを――。
「どこを狙っているのかしら!」
「グガッ!?」
真横から一発。あらん限りの力をこめたアッパーカット。
キマイラの巨体がふたたび高々と宙を舞った。
ヨハネが「瞬間移動魔法!?」と叫ぶが、なんのことはない。
今やノイズは私の全身を覆うほどになっていた。つまり――完全にバグっている。位置がころころと変わるのだ。
(でも、いける……! なんとなくだけど、コントロールできるわ!)
だがキマイラはまだ倒れない。
地面に軽く着地。その勢いのまま、ふたたび私に突っ込んできて巨大な火球を吐き出した。
轟、と燃え上がる熱の塊。
ドゴォッ!
それが私を直撃して、直後キマイラが襲いかかる。
爪による斬撃。
牙による猛攻。
炎と爪と牙。まるで名高い楽団が奏でるような、計算された三重奏だった。
ゲーム中でも、こいつはなかなか強力な敵だった。
魔法を使うし、物理攻撃も一撃一撃が非常に重い。
防御力を上げる魔法を使っておかないと、すぐに瀕死に陥ってしまう。
そのすべての攻撃が直撃した。
レベル1なら、まず間違いなく即死だろう。
だが――。
がしっ!
「ッ……!?」
「遊びは終わりよ」
振り下ろされる爪を、私は素手で受け止めていた。
三つの首が、そろって驚愕に目をみはる。
なかでも肩口に噛みついた首は、牙が一ミリも通らなくて真っ青になっていた。
攻撃は一切効かなかった。炎で多少、制服が焦げたくらいだろうか。
私は大きな猫ちゃんを押さえ込んだまま、薄く笑う。
(これもお守りのおかげかしらね。ヴァルには感謝しないと)
運勢を底上げする、超レア装備品。
首からさげたそれが、ほのかな熱を持っていることが分かる。
そのおかげかは知らないが、私は無傷そのもの。キマイラが自由を求めてもがくが、逃がさない。
「これで、決める……!」
キマイラの体を蹴り上げる。
私にはもう猶予がなかった。
全身のノイズがひどくなり、ただ立っているだけで姿がブレる。
これ以上この力を使ったらどうなるか。考えている暇はない。
「どりゃりゃりゃりゃりゃ!」
掌底に突き、裏拳。
正拳突きに肘打ち、膝蹴り。
がむしゃらに、むちゃくちゃに、ただひたすら。
私はこぶしを振るい続ける。
空中コンボのハメ技だ。キマイラは中空でなすすべもない。
ちなみにゲーム中のキマイラの倒し方は簡単だ。こいつは炎属性。
ゆえに氷属性の魔法が弱点となる。
だがしかし、私はそんな器用なものを持っていない。
ただひたすらに、殴り続ける、のみ。
そのうち全身のノイズが落ち着いていく。かわりにまばゆいばかりの光が私の体を包み込んでいった。
死亡フラグがいったいどうした。
そんなバカげた運命、この私が――。
「ぶっとばーーーすッ!」
最後の仕上げは、渾身のアッパーカット。
光をまとったこぶしがキマイラの腹を射貫く。
キマイラは勢いよく上空へと打ち上がった。
そのまままっすぐ、自由落下で落ちてくる。
ドスーーーーーン!
断末魔のひとつもなかった。
キマイラは地面に打ち付けられて、びくともしない。
やがてその体が砂のように崩れていき、跡形もなく消えてしまう。
ゲームのようなファンファーレも、経験値取得画面も出なかった。
だが、これで――私の勝利だ!
「お、終わった……」
「ロザリア様!」
「ロザリアさん……!」
よろよろと腰を落とす私のそばに、ヨハネとリリィが血相を変えて駆け寄ってくる。
今日はあと一回更新します。お暇つぶしになれば幸いです。
このサブタイがやりたかったんです。満足しました。




