二十三話 死亡フラグを――
「よっ、と!」
門をくぐれば、薄い膜を越えたような、不思議な感覚をおぼえた。
黒い大きな門だ。これこそがダンジョンの階層をつなぐゲートである。
ダンジョンの一階からゲートを越えてやってきたこの場所は、ダンジョンの十一階だ。
「おお……わかっていても、ちょっとびっくりするわよね……」
周囲の景色を見回して、ごくりとのどを鳴らす。
ダンジョンの一階は、ごつごつした岩壁に挟まれた洞窟のような場所だ。
それが十階まで続いている。
だがしかし、十一階からは……また違った景色となるのだ。
一面にひろがるのは、見渡す限りの草原である。
木々が生い茂り、小鳥のさえずりが響く。
頭上には突き抜けるような青空が広がっているし、ここが地下深くだとは誰も思わないだろう。
ダンジョンは階層ごとに、異なる亜空間につながっている。
つまり厳密に言えばここは地面の下ではなく、また別の世界なのだ。
まあ、そんな世界観設定など、今はどうでもいい。
「さてと、十一階のマップはどうだったかしらね……」
記憶を思い起こしながら歩き始める。
密集した木々が壁のようになっていて、あたかも自然の迷宮だ。
私はその迷宮を、あたりを警戒しつつ進んでいくのだが――。
「きゃあああああ!」
「っ、リリィ!?」
突然、聞こえた悲鳴を合図に駆けだした。
脳裏に浮かぶマップを頼りに草原を突っ走る。はたして二ブロックほど進んだ先に――ふたりがいた。
膝丈まで草の生い茂る一角だ。
枝葉が空を覆い、どんよりとしていて薄暗い。
その隅にヨハネとリリィを見つけた。
泥だらけだが、怪我はなさそうで、まずはほっと一安心。
私が現れたのを見て、ふたりは目を丸くする。
「っ……ロザリア様!?」
「ど、どうしてここに……!」
「話はあとよ」
闖入者の気配に、それがゆっくりと振り返る。
「グルルルル……」
私と、ヨハネたちとを結ぶ直線上の、ちょうどど真ん中。
そこには大きなモンスターがいた。
三つの頭を持つ獅子だ。背には巨大な黒の翼を生やし、尾は太い蛇。
俗に、キマイラと呼ばれるモンスターである。
本来ならば、十一階よりもっと下の階層に出るはずなのだが、まれにこうした上の階層にも姿を現す。
邪竜ヴァルドーラ――ヴァルに比べたら子猫のような大きさだ。迫力もなにもかも、彼に軍配があがる。
それでも私を威圧するには十分だった。
六つの瞳が私を射抜く。
その瞬間、背筋を冷たいものが走った。
脳裏をよぎるのは私の、ロザリアの断末魔だ。
ゲーム中、このキマイラによってロザリアは殺される。
つまりこいつが私の死亡フラグなのだ。
何度もゲームで見たシーンが、やたらリアルに頭の中で再生された。
膝が震えかけるのをぐっとこらえて、敵をにらむ。
「ふん、中ボスふぜいがいい気にならないでよね……!」
懐から取り出すもの。
それは奇跡の果実だ。いくつか残っていたものを、ひとつだけ持ってきていた。
相変わらずバグったままで、ジジッとノイズが走っている。
食べたらおそらく、私はまたバグるだろう。
だが――それがどうした!
「グルルルっ、ガアアアア!!」
「ロザリア様!!」
キマイラがいきおいよく地を蹴った。
ヨハネの悲鳴が響き、リリィは顔を覆う。
しかし、次の瞬間。
ドゴオオォンンンン!!
「ガフっっ!?」
キマイラが吹っ飛び、木々の壁へと叩きつけられた。
轟音。
砂塵。
そして痛いほどの静けさが、あたりを襲う。
壁は十数メートルにもわたって木っ端みじんになっていた。
木々の破片が散らばるその先で、あのキマイラがよろよろと起き上がる。
その足下には、点々と赤い血が刻まれていた。
そして私はといえば、五体満足の無傷。
こぶしを振り抜いたままの私を見て、ヨハネとリリィが言葉をなくしてぽかんとする。
私は敵を、ただ、ぶん殴った。それだけだ。
たったそれだけで、キマイラは私を好敵手と認めたらしい。
もはやヨハネたちなど眼中になく、六つの目で私の一挙手一投足を注視する。
いつの間にか、吹き付ける風が強くなっていた。
冷えた風にまじるのは、鉄さびにも似た臭気。
あたりの気温はどんどん下がっていくというのに、私の背中にはじっとりとした汗が浮かぶ。
それでも私は、口の端を持ち上げて――不敵に笑う。
「はっ……遊んであげるわ、子猫ちゃん」
私はキマイラに向けて、ジジッとノイズの走るこぶしを突き出した。
本日はあと二回更新します。




