二十話 死亡フラグと胸騒ぎ
あわててドアを開く。
するとそこには、アロイス先生が立っていた。
先日、授業で私のステータスを見てくれたあの先生だ。
気難しそうな仏頂面で、彼は私の顔をじっと見つめる。
「ふむ、顔色は悪くないな。もう起きても大丈夫なのか?」
「は、はい。おかげさまで……」
「それはよかった」
アロイス先生は鷹揚にうなずいてみせる。
表情は相変わらず乏しいが、いくぶん安堵したように目尻が下がる。
「以前までのきみが何日も講義を休めば、サボりかと勘ぐったものだが……今のきみがここまで欠講が続くとは、よほど悪いのかと案じていたんだ」
「あ、あはは……ご心配をおかけしました……」
先日の授業で好感度を稼いでおいてよかったわ。
GJよ、私。
しみじみと過去の自分をほめていると、アロイス先生は懐からポーションの小瓶を取り出す。
「ひとまず栄養剤だ。これを飲んで、もうしばし休んでいるといい」
「あ、ありがとうございます」
「まあもっとも……」
私がそれをおずおずと受け取ると、先生は口の端をほんのすこし持ち上げて笑う。
「きみはこれから、こいつを嫌というほど飲まされるかもしれないがな」
「はい? なんでですか?」
「なんだ、聞いていないのか」
しまったな、内緒にしておいた方がよかったか。
そうぼやいて、アロイス先生はいくぶんバツが悪そうにする。
私が首をかしげていると、先生は続ける。
「先ほど授業が終ったあと、コルネットが私に質問しにやってきたんだ」
「り、リリィがですか?」
「うむ」
先生の談では、リリィは風邪によく効く薬がないかと尋ねてきたらしい。
なんのためにと問えば、『ベルフェドミナさんにプレゼントしたいんです』と答えた。
「詳しくは知らないが、コルネットはきみに大きな恩があるそうだな。きみが寝込んでしまったことも、自分の責任だと感じていたようだ」
「リリィ……」
な、なんていい子なの……。
感動よりも、仮病を使ったことの罪悪感が胸を抉った。
うう……今度全力で謝らなきゃ……。
「そ、それで先生はどうしたんですか?」
「うむ。簡単なポーションの作り方を伝授した」
授業でやるのはまだ先だが、彼女なら可能だろう……と先生は語る。
リリィはこの学園の特待生だ。当然成績も優秀。先生の信頼ももっともだ。
私も彼女が作ってくれるポーションなら、どれだけ苦くたって安心して飲み干せる自信がある。
しかし問題は……そのポーションの作り方だった。
「材料は、ダンジョンの第一階層に自生する薬草なんだ。彼女はそれを取りに向かった」
「はいいぃいいいいい!?」
寝耳に水、もいいところだった。
おもわず私は叫んでしまうが、先生は平然としたものだった。
「だ、ダンジョンって……危ないじゃないですか!」
「なに、心配はいらない。ハミルトンも一緒だからな」
「ヨハネが!?」
どうもリリィと先生の話を聞きつけて、ぜひにと協力を申し出たらしい。
なんというか、情景が目に浮かぶようだった。
ふたりとも私のことをすごく心配してくれていたし……意気揚々とダンジョンに向かっただろう。
「彼がついているなら問題はないだろう。いくつか魔法も習得済みだし、レベルもたしか4はあったはずだからな」
アロイス先生は平然と言ってのける。
この学校で長年教鞭を執っている先生がお墨付きを出すのだから、きっと大丈夫……なのだろう。
ゲーム中も、ダンジョンの一階に出るのは、一撃で倒せるようなスライムくらいのものだった。
チュートリアルの意味合いが強いため、フロア面積も狭く、さほど労せず隅々まで回ることができるだろう。
それなのに……私は嫌な予感を覚えていた。
「あ、あの……先生。新入生の歓迎パーティが、この前ありましたよね」
「む? それがどうかしたのか」
「あれって……何日前のことでしたっけ」
「療養続きで日付の感覚がなくなったか?」
あきれたように肩をすくめ、アロイス先生はこともなげに告げる。
「ちょうど今日がパーティから七日目だな」
「っっ……! さ、最初の死亡フラグの日!?」
「しぼう、ふらぐ……?」
きょとん、と目を丸くする先生だった。
今日が、パーティからちょうど七日目。
つまりそれは私ことロザリアが『リリィをはめようとして、ダンジョンで無残な死を遂げる』日だ。
だがしかし、私はこうして寮にいる。
リリィにそんな危ないことを仕掛けるつもりはないし、そんな死亡イベントは起こらないはず。
それでも不安がぬぐえないのは……先日の一件のせいだ。
リリィが私にいじめられるイベント。
それが起きなかったかわりに、いけ好かないナンパが発生した。
(……もしも、私の死亡イベントが起きないかわりに、似たようなイベントが起こるとしたら)
確証はもちろんない。
それでも私は、いてもたってもいられなかった。
「ごめんなさい先生! 私ちょっと、行かなきゃいけないところがあるんで!」
「む?」
怪訝そうな先生の横をすり抜けて、私は寮を飛び出した。
続きは7/12に更新します。おそらく夕方&夜の二回更新です。
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