1章-2 未だ戦火に蝕まれる者達
「酷い傷じゃないですか!血が出てますよ!」
男の砕けた鎧から見えている肌のあちこちから赤い血が流れ出ていた。少女は焦っている様子だが、男は全く動じていなかった。
「…ああ、まだ私にも血が流れていたのか。」
男の声は掠れていた。少女はバッグからすり鉢を取り出し、先程採取していた薬草を磨り潰し始めた。
「待っていて下さい!今薬を作りますので!」
少女は同時に男の顔色を確認する。虚ろな目をしており、もしかするともう目が見えていないのかもしれない。
「どこのお嬢さんだか分からないが、君も気付いているはずだろう?私はもう助からない。手遅れだよ。」
男は静かに目を閉じた。ただ死を受け入れるかのように。男は全く『動じていなかった』訳ではなく、もう『体が動かせない』のだった。
「そんなのまだ分からないじゃないですか!」
少女はただ必死に薬草を擦っていた。そんな少女の言葉を聞き、男は微かに笑った。
「君はとてもお人好しのようだ。そんな性質に付け込むようで申し訳無いが、一つお願いがある。」
男の左腕が力無く動き始めた。そして、自身の右腕を掴んだ。次の瞬間、辺りに血飛沫が散った。男が自身の右腕を引きちぎったのだった。
「これからあちこちで戦争が起きるだろう。その目的は『これ』だ。決して『これ』を誰にも渡さないで、君が持っていて欲しい。そして…」
男は左手に持った右腕を少女に差し出す。突然の男の謎の行動、発言に混乱していた少女はただ『それ』を受け取るしかなかった。男は少女が『それ』を受け取ったのを確認すると、左手をそのままゆっくり降ろした。
「俺の…子供達を…救って欲しい。」
二つ目の願いを言い残すと男は瞼を閉じた。どうやら事切れたらしい。少女は泣いていた。『顔の知らない』人であったとしても死というのは悲しいものである。
「『顔の知らない』…?いや、私はこの人を『知っている』…?」
涙で男の顔がよく見えなかった彼女は涙を拭った。彼女が男の顔を改めて確認しようとした時であった。強い風が吹き、男の体は灰となって飛ばされていってしまった。まるで何かに『焼き尽くされた』かのように。そして、少女は男の遺していった右腕と共に残されたのであった。何か近しい者を亡くしたかのような、そんな空虚さを感じながら。